中学生の学習ノート教科書をもう一段くわしく

明治政府の発足 ── 五箇条の御誓文と中央集権

明治新政府の最初の課題は、江戸時代の「藩ごとの支配」を終わらせ、全国を1つの政府が治めるしくみに変えることでした。五箇条の御誓文版籍奉還廃藩置県四民平等を、中央集権国家づくりの流れとして整理します。

図でつかむ

明治政府の発足 ── 五箇条の御誓文と中央集権の流れ 背景 できごと 変化 影響 歴史は、背景、できごと、社会の変化、後の時代への影響を順 に並べると因果関係が見えます。
明治政府の発足 ── 五箇条の御誓文と中央集権の流れ

歴史は、背景、できごと、社会の変化、後の時代への影響を順に並べると因果関係が見えます。

明治政府が急いだこと

  • 政治の中心を一本化:藩ではなく政府が全国を治める
  • 身分制度を改める:武士中心の社会から、国民を動員する社会へ
  • 欧米に対抗する:富国強兵・殖産興業の土台をつくる
  • 税と兵のしくみを変える:地租改正や徴兵令につながる

五箇条の御誓文(1868年)

明治新政府が示した、国家運営の基本方針。

  1. 広く会議を興し、万機公論に決すべし
  2. 上下心を一にして、盛んに経綸を行うべし
  3. 官武一途、庶民に至るまで、各々その志を遂げ
  4. 旧来の陋習を破り、天地の公道に基づくべし
  5. 智識を世界に求め、大いに皇基を振起すべし

五箇条の御誓文は、新政府が「これからどんな国をつくるのか」を内外に示した方針です。会議による政治、古い習慣の見直し、知識を世界に求める姿勢など、近代国家づくりの方向が表れています。

五榜の掲示

同時に庶民への注意書きも掲示。儒教道徳・キリスト教禁止など、保守的内容も含む。

ここが明治初期の複雑なところです。新政府は「世界に知識を求める」と宣言しながら、民衆に対しては旧来の道徳や統制も残しました。新しい国づくりは、一気に自由で近代的な社会になったというより、古いしくみを残しながら少しずつ変えていく過程でした。

つまずきポイント:新しい政府でも、すぐに全部が近代的になったわけではない
  • 五箇条の御誓文は新しい政治方針を示した。
  • 一方、五榜の掲示には、江戸時代から続く道徳やキリスト教禁止なども残っていた。
  • 明治初期は、古い制度を残しながら新しい制度へ移る過渡期だった。

版籍奉還(1869年)

大名が 領地(版)と人民(籍)を朝廷に返還する。実質的に大名の支配権を返上。

版籍奉還では、藩そのものはまだ残っていました。旧大名は知藩事として地域を治め続けたため、中央政府による直接支配としては不十分でした。

廃藩置県(1871年)

藩を廃止し を置く。中央政府が直接統治する 中央集権体制へ。
  • 1871年7月の決定で全国一斉に実施
  • 当初302県、後に統合され3府72県、現在の体制へ
  • 大名は東京住まいへ、給与(家禄)を受ける(後に廃止)

廃藩置県によって、政府が任命した府知事・県令が地方を治めるようになりました。これにより、税・軍事・法律を全国でそろえやすくなり、近代国家の土台ができます。

四民平等

  • 武士・農・工・商の身分制廃止
  • すべて 「平民」
  • 苗字を持てる、職業選択の自由
  • ただし華族・士族・平民の区分は残る

四民平等によって、江戸時代の武士・百姓・町人などの身分制度は改められました。ただし、華族・士族・平民という新しい区分は残り、差別がすぐになくなったわけではありません。

つまずきポイント:平等と現実の差
  • 制度上は身分制を改め、職業選択や結婚の自由が広がった。
  • 一方で、華族・士族・平民の区分や、差別意識は残った。
  • 「四民平等=すべての差別が消えた」と書かない。

新政府の人物

  • 大久保利通:内務卿、新政府の最有力
  • 西郷隆盛:参議、後に下野(西南戦争へ)
  • 木戸孝允:参議、長州出身
  • 岩倉具視:公家出身、岩倉使節団

中央集権を急いだ理由

明治政府が最初に急いだのは、全国を一つの政府で動かすことでした。江戸時代の藩は、それぞれが領地と家臣を持ち、税を集めていました。このままでは、外国と条約を結ぶ、軍隊を整える、全国で同じ制度を行う、といった近代国家の動きができません。だから新政府は、版籍奉還、廃藩置県、身分制度の改革を進めました。

版籍奉還では、藩主が土地と人民を朝廷へ返す形をとりました。しかし藩そのものは残り、旧藩主が知藩事として治めました。廃藩置県では、藩を廃止して県を置き、政府が任命した県令が治めるようにします。ここで初めて、中央政府が全国を直接支配するしくみに大きく近づきました。

政策何を変えたか意味
五箇条の御誓文新政府の方針を示した近代国家づくりの宣言
版籍奉還土地と人民を朝廷へ返す藩主の支配を弱める第一歩
廃藩置県藩を廃止して県を置く中央政府が全国を直接統治
四民平等身分制度を改める国民を同じ制度の下に置く

覚える順番

この単元は、方針を示す → 藩主の支配を弱める → 藩をなくす → 全国制度を整えるの順で見ると理解しやすいです。五箇条の御誓文だけ、廃藩置県だけを単独で覚えるのではなく、政府が「ばらばらの藩の集合」から「一つの国家」へ作り変えようとした流れとして整理してください。

練習問題

問題
  1. 新政府の基本方針
  2. 大名が領地と人民を朝廷に返した出来事
  3. 藩を廃止して県を置いた出来事
  4. 身分制廃止の基本理念
  5. 版籍奉還と廃藩置県の違いを説明しなさい。
答えを見る

(1) 五箇条の御誓文 (2) 版籍奉還 (3) 廃藩置県 (4) 四民平等

(5) 版籍奉還は大名が領地と人民を返したが藩は残った。廃藩置県は藩を廃止し、政府が府県を直接治めるしくみにした。

問題2(制度の違い)
版籍奉還と廃藩置県の違いを説明しなさい。
答えを見る

解答例:版籍奉還は藩主が土地と人民を朝廷へ返した政策だが、藩は残った。廃藩置県は藩を廃止して県を置き、政府が任命した県令に治めさせた政策で、中央集権が進んだ。

問題3(記述)
明治政府が中央集権を進めた理由を説明しなさい。
答えを見る

解答例:藩ごとに支配が分かれたままでは、全国で同じ制度を行ったり、軍隊や税制を整えたりすることが難しかったため、政府が全国を直接治める必要があった。

まとめ

  • 1868年五箇条の御誓文=新方針
  • 1869年版籍奉還、1871年廃藩置県
  • 中央集権国家の確立
  • 四民平等=江戸時代の身分制廃止。ただし新しい身分区分や差別は残った