子どもがパソコンに触れる時間は、最初はほんの小さなものかもしれません。
文字を打ってみる。検索してみる。画像を作ってみる。ゲームの設定を変えてみる。うまくいかなくて、もう一度試してみる。そうした小さな経験の積み重ねが、少しずつ「自分で使える」という感覚を育てていきます。
今の小学4年生が社会に出るのは2035年ごろです。その時代の労働市場が正確にどのような姿をしているかは誰にも断言できません。それでも、現在進行中のデータと技術トレンドが示す方向性は明確です。
デジタルスキルを持つ人間と持たない人間の間の格差は、今よりもはるかに大きくなっている可能性があります。
年収格差はすでに今、始まっている
2025年のデータによると、ITエンジニアの平均年収は約550万円で、全業種平均の1.2倍の水準です。AI・機械学習エンジニアの専門職では800〜1,200万円の報酬水準も現実のものとなっており、高度なデジタルスキルを持つ新卒人材に対して1,000万円超を提示する企業事例まで出始めています。
一方で、AI・自動化の進展によって代替リスクの高い定型業務・事務系職種の賃金上昇幅は相対的に頭打ちになっています。同じ「働く10年後」でも、出発点によって到達できる報酬の天井がまったく異なっているのです。
「使えない子が困る」ではなく「選択肢の幅が変わる」
ここで重要なのは、「パソコンを使えない子どもは将来困る」という脅しではありません。問題はより本質的です。パソコンを自由に使いこなせる子とそうでない子は、10年後にまったく異なる「選択肢の幅」を持つことになる、という点です。
AIの自動化が進む2035年の労働市場では、定型的なデータ入力・文書作成・集計業務の多くがツールによって代替されている可能性が高いと見られています。世界経済フォーラムの予測では今後5年で働く人の中核スキルの44%が変化するとされており、Microsoft AIのCEOは「ほとんどすべてのホワイトカラー業務が近い将来AIによって自動化される可能性がある」と述べています。「AIを使う側」に回るか、「AIに仕事を渡す側」に回るか──この分岐は、子ども時代にパソコンに慣れ親しんでいたかどうかと、強く相関します。
パソコンが育てるのは「技術」より「思考の型」
パソコンで何かを作った経験のある子どもは、問題を構造的に分解する習慣を自然に身につけます。「なぜうまくいかないのか」を探る論理的な思考、「どう改善すれば効率化できるか」を問いかける最適化の姿勢──これらは、AIツールを主体的に活用するためにも不可欠な思考の型です。
逆に言えば、パソコンに触れずに育った子どもが社会に出て初めてこれらに向き合うとき、出発点に大きな差が生じます。「操作の手順」を覚えることより、「試行錯誤する文化の中で育つ」ことのほうが、はるかに深い力を形成します。技術は習得できますが、習慣と感覚は時間をかけて蓄積するものです。
今日の環境が10年後の選択肢を作る
デジタルスキルの格差は、生まれながらの才能の差ではありません。環境の差です。家庭にパソコンがあるかどうか、放課後に自由に試せる場所があるかどうか──この違いが、10年後に「選べる仕事の幅」として現れます。
デジタルこどもBASEでは、家庭にパソコンのない子どもへの無償提供と、プログラミング・AI・動画編集を自由に試せる開放スペースの提供を通じて、この環境格差に向き合っています。10年後の選択肢は、今日の環境が作ります。すべての子どもに、その環境を。