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読み書きそろばんは時代遅れか?──AI時代に必要な「3+2」の基礎力

教科書の音読、漢字ドリル、そして放課後のそろばん塾──昭和の街角には、こうした風景がいくつもありました。読み書きそろばんは長く日本の基礎教育の象徴であり、多くの保護者にとっては小学生時代の記憶そのものです。ところが今、子どもが宿題の途中で「ChatGPTに聞いてみた」と話す場面は、もう珍しいものではなくなりました。

2024年12月には、文部科学省が学校での生成AI利用を整理したガイドラインVer.2.0を公表しました。教室にもAIが入り始め、文章を書くこと、計算すること、調べ物をすることの意味が変わりつつあります。では、「読み書きそろばん」は、もう不要になるのでしょうか。

いいえ、読み書きそろばんは不要にはなりません。むしろ、AIの答えを理解し、疑い、自分の考えにつなげるための土台として、これまで以上に大切になります。変わるのは、その上に何が積み重なるかです。AI時代の基礎力は、「土台として残る3つ+新しく加わる2つ」の5つで整理できます。

基礎力 AI時代の意味
土台として残る3つ
読む AIの答えを理解し、真偽や文脈を判断する力
書く 自分の考えを言葉にし、AIの出力を編集する力
そろばん 数字の妥当性や単位の違和感に気づく力
新しく加わる2つ
問う よい答えを引き出すために、問いを具体化する力
創る AIを材料にしながら、人と協力して形にする力

①「読む」──AI時代に価値が増す基礎

数学者・新井紀子氏のリーディングスキルテスト調査によると、中学生の多くは教科書の文章を正確に読めていません。一方でAIは、東大合格水準の数学・英語を解くところまで来ています。

AIが大量の文章を瞬時に生成する今、その情報を理解し、真偽を判断し、自分の言葉で再構成する力の価値はむしろ上がります。AIへ的確な指示を出すためにも、文章を正しく読み、自分の意図を言語化する力が土台になります。

②「書く」──AIに任せても、自分の言葉は手放さない

AIが作文を瞬時に書ける今、書く力は不要に思えるかもしれません。しかし、読書感想文をAIに書かせれば、提出はできても「あの本のどこに心が動いたの?」と聞かれたときに、自分の言葉で答えられません。書くとは、頭の中の曖昧な感情や考えを言葉に落とし、構造化する作業です。AIの出力を「ここは違う」「ここを足したい」と編集する力もまた、書く力の延長線上にあります。

③「そろばん」──計算はAIへ、数量感覚は人間に残る

計算の役割は変わります。四則演算や複雑な計算は、AIや計算ツールが瞬時にこなせるからです。代わりに重要になるのは、答えを出す前に「だいたいこのくらい」と見積もる力、単位や割合の違いに気づく力です。AIが計算を代行するほど、人間には数字を読む力が求められます。

AIに「100万円の3割引きはいくら?」と尋ねて「97万円」と返ってきたとき(正解は70万円)、即座に違和感を持てるかどうか。割合や単位の絡む問いでは、AIの答えをそのまま信じるのではなく、人間が確かめる力も必要です。そろばんが本当に育てていたのは暗算スピードだけでなく、数を体感としてつかむ力です。

④「問う」──そもそも何を問うかを見出す力

計算や調べ物の一部をAIに任せられるようになると、人間は空いた時間と頭の余裕を何に使うのかが問われます。読み書きそろばんを土台に、ここから新しい2つの力が積み重なります。

ひとつ目が「問う」力です。AIは与えられた問いには答えますし、問いの候補を出すこともできます。しかし、「何を知りたいのか」「何を解決したいのか」を選び取るには、自分の経験や価値観が必要です。曖昧な質問では曖昧な答えしか返ってきません。問いを具体的にしていく力が、AIから引き出せる答えを左右します。

これは「プロンプト」と呼ばれる、AIへの問いかけ方のスキルにもつながります。たとえば「夕食のレシピを教えて」と聞くより、「冷蔵庫の豚肉とキャベツで、20分で作れる和食を3つ」と具体化したほうが、返ってくる答えは実用的になります。問いの精度が、答えの質を大きく左右するのです。

⑤「創る」──AIを材料に、自分の考えを形にする力

もうひとつが「創る」力です。AIは作業を速くしてくれますが、「自分なら何を作るか」を決めるのは人間です。AIをたたき台に自分の考えを練り、人と協力して形にする──これが「創る」の中身です。

子どもにとっての「創る」は、大きな発明である必要はありません。地域紹介の動画なら、AIに構成案を出してもらい、自分で場面を選び、撮影して編集する。AIと物語を書くなら、AIの展開案から気に入った部分だけを採用して書き直す。完成形をAIに丸投げせず、提案を素材として取捨選択する経験が、創る力を育てます。

子どものうちから「問う」「創る」を経験する

子どもたちが社会に出るころ、AIは仕事や生活の前提になっているはずです。大切なのは、AIに詳しいかどうかだけではありません。AIの答えを受け取って終わるのではなく、自分で問いを立て、答えを確かめ、目的に合わせて使い直せるかどうかです。

国際通貨基金(IMF)が2024年1月に発表した報告書は、世界の雇用の約40%、先進国では約60%が生成AIの影響を受けると推計しました。世界経済フォーラムの『Future of Jobs Report 2025』も、今後需要が伸びるスキルとして「分析的思考」と「創造的思考」を挙げています。社会が求める力は、すでに変わり始めています。

親世代が学校や仕事で身につけてきた学び方だけでは、これからの社会で必要になる力を十分に育てきれない場面も出てきます。学校の勉強は引き続き大切ですが、「問いを立てる」「AIの答えを疑う」「自分で形にする」といった力は、知識を覚えるだけでは育ちにくいものです。これは才能ではなく、経験の問題です。小さなころから「なぜそう思うのか」「別の方法はないか」と考え、試し、作り直すことに慣れている子どもは、AIを答えの自動販売機ではなく、自分の考えを広げる相手として使えるようになります。

デジタルこどもBASEは、単にパソコンやAIの操作を教えるのではなく、「何のために使うのか」「何を問い、何を創るのか」を子どもたちと一緒に考える場をつくります。AIに答えを出させるだけで終わらず、「なぜそうなるのか」「ほかに方法はないか」「自分なら何を作るか」まで考える。そうした問いと創造の経験を、パソコン・プログラミング・AI体験のなかに組み込んでいきます。

参考資料