徒然草の基本情報
成立:鎌倉時代末期(14世紀前半、1330年頃)
作者:兼好法師(吉田兼好)
ジャンル:随筆(自由な観察・感想を書いたもの)
構成:序段 + 第1段 〜 第243段
三大随筆の1つ(枕草子・方丈記・徒然草)
作者:兼好法師(吉田兼好)
生没年:1283年頃 〜 1352年頃
本名は 卜部兼好(うらべ かねよし)
京都の神官の家に生まれる
後二条天皇に仕えた後、出家して 兼好法師と名乗る
和歌の名手としても有名(二条派の歌人)
出家後は京都の比叡山や奈良などを訪れ、各地を旅行
有名な序段の冒頭
「つれづれなるままに、日くらし硯にむかひて、
心にうつりゆくよしなしごとを、
そこはかとなく書きつくれば、
あやしうこそものぐるほしけれ。」
「手持ちぶさたなままに、一日中机に向かって、
心に浮かんでは消えるつまらないことを、
なんとなく書きつけていると、
不思議と気がおかしくなるほどだ。」
→ 「徒然草」の 由来はここの「つれづれ」から
序段の用語
- つれづれ:することがなく退屈な様子
- 日くらし:一日中
- 硯:墨をするための道具
- よしなしごと:つまらないこと、取るに足らないこと
- そこはかとなく:なんとなく、はっきりした目的なく
- あやしう:「あやしく」のウ音便、不思議に
- ものぐるほしけれ:気がおかしくなるほどだ
有名な段
第11段「神無月のころ」:人の住まないと思った山里の家にミカンが大きな実をつけていた話。幻滅の話
第92段「ある人、弓射ることを習ふに」:的を射るたびに矢を1本ずつ用意するべき教え。集中の話
第89段「奥山に、猫またといふもの」:猫が化け物になったという話。教訓を含む
第10段「家居のつきづきしく」:家のたたずまいについて
第109段「高名の木のぼりといひしをのこ」:木登り名人の話、慎重の大切さ
第92段「ある人、弓射ることを習ふに」
弓を習う人が、矢を 2本持って的に向かった
師匠が「初心者は2本も持つな。後の矢を頼みにして、初めの矢に集中できなくなる」と諭す
→ 集中力の大切さ、その時その瞬間を大切にする教え
→ 中学・高校受験で頻出
第11段「神無月のころ」
人の住まなさそうな山里に立ち寄った
きれいな庭、わびしい風情。「世捨て人」のような生活を想像
しかし庭の柑子の木に 厳重な囲いがしてあった
→ 「これがなければよかったのに」と幻滅
→ 物欲のなさを装う人への鋭い観察
兼好法師の思想・テーマ
- 無常観:移ろいやすい世の中をとらえる
- 美意識:自然や日常への繊細な感性
- 処世訓:生き方への助言(「ある人、弓射る…」など)
- 有職故実:宮廷や武家の伝統知識
- 批判精神:人々の行動への鋭い観察と批判
- 仏教的諦観:欲や名誉への執着の戒め
三大随筆の比較
| 作品 | 作者 | 時代 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 枕草子 | 清少納言 | 平安中期 | 明るい・感性的、宮廷生活 |
| 方丈記 | 鴨長明 | 鎌倉初期 | 無常観、地震・大火など災害 |
| 徒然草 | 兼好法師 | 鎌倉末期 | 多彩、観察・処世訓・批判 |
徒然草の影響
江戸時代以降、教養書として多くの注釈本が出された
現代でも「人生論」「処世訓」として読まれる
短いエピソードが多く、いつでも どこでも読める
日本人の 美意識と 処世観の原点
- 枕草子 = 清少納言(平安中期)
- 方丈記 = 鴨長明(鎌倉初期)
- 徒然草 = 兼好法師(鎌倉末期)
- セットで覚える
- 「つれづれ」=退屈・手持ちぶさた
- 「徒然」は当て字
- 「徒(つれ)に然(しか)り」が原義
- 「徒然なるままに」=退屈なままに
- 随筆:見聞・感想・教訓を自由に書いたもの
- 物語:人物・出来事の筋を追って書いたもの
- 徒然草は随筆、平家物語は物語
教科書で確認した読解の軸
- 『徒然草』は兼好法師の随筆で、日常の観察から人生の考え方へ広げる。
- 序段の「つれづれ」は、することもなく心に浮かぶことを書きつける状態を示す。
- 各段は短くても、具体例から教訓へ向かう構造を取ることが多い。
- 兼好の文章は、断定よりも観察と余韻が大切。
- 「何を見て、どう考えたか」の順に読むと主題を外しにくい。
この章でつまずきやすいところ
『徒然草』は短い段が並ぶので「ただの感想集」と読み流しがちですが、本文の途中で立ち止まる場面が多い古典です。ここでは本文や問題を読みながら起きる迷いに絞り、どこで踏みとどまれば主題を外さずに読めるかを整理します。
「つれづれ」を現代の「徒然」のイメージで読み流してしまう
- つまずく場面:序段「つれづれなるままに」を読みながら、「のんびりした気分」「気の向くままに」といった現代的なイメージで意味を決めてしまい、なぜわざわざ硯に向かって書き始めるのかが本文の流れとつながらず、序段の出発点がぼんやりしてしまう。
- 克服のコツ:古語の意味は現代語の感覚で決めず、語注と前後の文脈で確かめるのが基本。「つれづれ」は語注ですることがなく退屈な様子・所在ない様子と確認できる。退屈→だから一日中机に向かう→だから心に浮かぶよしなしごとを書きつける、という因果のつながりで読むと序段全体が一本につながる。
- ミニ例:「つれづれ」を退屈・手持ちぶさたと取れば、「日くらし硯にむかひて」「よしなしごとを…書きつくれば」が自然につながり、序段が『徒然草』という書名の由来であることまで一続きで理解できる。
具体例をあらすじとして読み、作者の考えを拾い損ねる
- つまずく場面:第92段「ある人、弓射ることを習ふに」を読んでいる途中で、「矢を二本持って的に向かった→師匠に注意された」というあらすじを追うことに気を取られ、師匠の言葉のあとに置かれた作者の評価部分まで意識が届かず、何の話かは言えても教訓を自分の言葉で説明できない。
- 克服のコツ:随筆は「具体例→作者の考え」という位置関係で並んでいることが多い。段の後半・末尾に出てくる評価語やまとめの一文に印をつけながら読むと、教訓部分を取りこぼしにくい。「初めの矢に集中できなくなる」という師の言葉から、その時その一回を大切にするという主張へ進む流れを確認する。
- ミニ例:弓の段で「後の矢を頼みにして、初めの矢に集中できなくなる」に線を引くと、教科書では集中の大切さ・今この一回への構えへとつながる主張として整理される。
「神無月のころ」を美しい風景描写の話だと思い込む
- つまずく場面:第11段「神無月のころ」を読み始め、閑かに住みなしたる庵・木の葉に埋もるる懸樋・露おく庭といった寂寥感のある描写に引き込まれて「自然や静けさを愛でる段」と決めつけてしまい、後半に出てくる柑子の木の厳重な囲いと、それを見た作者の反応の意味を読み落とす。
- 克服のコツ:随筆は前半の印象と後半の発見が対比される構造を取ることが多い。前半の閑寂な庵のたたずまいから受ける印象と、後半の「厳重な囲い」を見た瞬間の幻滅を、場面の前後で並べて読むと主題が見えてくる。風景そのものではなく、物欲のなさを装う人への観察がねらいだと押さえる。
- ミニ例:末尾の「この木なからましかば(この木がなかったらよかったのに)」という現代語訳で示される一文に注目すれば、教科書では外見の風雅と内実のずれを見抜く観察眼を示す段として整理されることが分かる。
省略された主語を取り違えて現代語訳が崩れる
- つまずく場面:古文を訳している途中で、誰がした動作なのかが書かれていない箇所に出会い、直前の人物をそのまま主語にしてしまう。弓の段なら「師匠の助言」を「弓を習う人の独り言」と取ってしまい、教訓の出どころがずれて、訳と教訓の説明がかみ合わなくなる。
- 克服のコツ:古文では主語や目的語の省略が多い。補うときは思いつきで決めず、直前の動作主・敬語の使われ方・話の相手を手がかりにする。「諭す・教える」のような上から下への動作は師匠側、「習ふ・持つ」のような行為は弟子側、というように人物関係から逆算して主語を決める。
- ミニ例:「初心の人、二つの矢を持つことなかれ」は師匠から弟子への助言と取るのが自然で、こう主語を補えば、続く「初めの矢に集中できなくなる」までの理由づけが一続きに読める。
練習問題
- 徒然草の作者は誰か
- 徒然草が成立した時代
- 三大随筆をすべて答えよ
- 徒然草は全部で何段あるか
答えを見る
(1) 兼好法師(吉田兼好、卜部兼好)
(2) 鎌倉時代末期(14世紀前半)
(3) 枕草子(清少納言)・方丈記(鴨長明)・徒然草(兼好法師)
(4) 序段+243段
序段に出てくる次の語の意味を答えよ。
- つれづれ
- よしなしごと
- そこはかとなく
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(1) 退屈な様子、手持ちぶさた
(2) つまらないこと、取るに足らないこと
(3) なんとなく、はっきりした目的なく
「ある人、弓射ることを習ふに」の教訓を簡潔に答えよ。
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後の矢を頼みにせず、今の一回に集中することが大切である、という教え。
徒然草の序段の冒頭を、ひらがなで書け。
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「つれづれなるままに、ひぐらしすずりにむかひて、こころにうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなくかきつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」
まとめ
- 徒然草:鎌倉末期、兼好法師の随筆。
- 序段の冒頭「つれづれなるままに〜」は暗誦できるように。
- 三大随筆の1つ(枕草子・方丈記・徒然草)。
- 有名な段:「ある人、弓射る…」「神無月のころ」「猫また」など。
- テーマ:無常観・美意識・処世訓・観察と批判。
- 日本人の美意識と処世観の原点。
もっと知る ── 発展・実生活(出典つき)
※ 教科書の内容に、信頼できる出典をもとにした発展・実生活・時事の話題を補足しています(教科書そのものではありません)。
兼好は「和歌四天王」と呼ばれた一流の歌人だった発展
兼好法師は随筆だけでなく和歌の名手で、鎌倉末期から南北朝時代の二条派を代表する歌人として頓阿・浄弁・慶運とともに「和歌四天王」と称されました。『徒然草』に和歌や言葉づかいへのこだわりが多いのは、こうした歌人としての修練が背景にあるからです。
原本は残らず、たくさんの写本・版本で伝わってきた発展
『徒然草』は1283年ごろ生まれの兼好が鎌倉末期に書いた全243段の随筆で、兼好自身が書いた原本は現存していません。江戸時代には絵入りの版本や注釈本がくり返し出版され、こうした写本・刊本を通して700年近く読み継がれてきました。
700年前の随筆が、今もテレビ番組で紹介される理由実生活
NHK for Schoolの古典番組では、人里をはなれて暮らした兼好の随筆を「ユーモアと批判精神に富み、今の時代にも通用するおもしろさがある」と紹介しています。短く読み切れて人間や社会への鋭い観察があるため、現代でも人生論・処世訓として親しまれています。
「あぶない時より、油断した時にこそ失敗する」実生活
『徒然草』第百九段「高名の木登り」では、木登りの名人が、弟子が危ない高い枝にいる間は黙り、軒の高さまで下りて安全になったときに初めて「あやまちすな(しくじるな)」と声をかけます。理由を問われた名人は「あやまちは、やすき所になりて、必ず仕る事に候」と答えます。失敗は気がゆるんだ瞬間に起きるという観察で、スポーツや実験、登下校などの安全にもそのままあてはまります。
「神無月のころ」── 美しい景色を一本の木が台無しにする発展
『徒然草』第十一段「神無月のころ」では、静かな山里の庵に感動した兼好が、実のたわわになった柑子(こうじ・みかん)の木が厳重に囲われているのを見て「少しことさめて(興ざめして)、この木なからましかば」と感じます。物欲のなさを装う暮らしにひそむ執着を見抜く描写で、兼好の批判精神がよく表れた段です。
