場面の背景 ── 屋島の戦い
場所:讃岐国 屋島(現在の香川県高松市)
源義経の急襲により、平家軍が海上に逃れ、源氏軍と対峙。
2月、寒い時期
瀬戸内海で源氏軍(陸)と平家軍(海上の船)が向かい合う
平家側の 挑発:船の上に女房(女性)が乗り、竿の先に 扇を立てる
「これを射抜いてみよ」というメッセージ
源義経の命を受けて、若き武士 那須与一宗高が挑む
那須与一について
- 那須与一宗高(なすのよいち むねたか)
- 下野国(現在の栃木県)那須の出身
- 弓の名手として知られた
- 当時 約 20歳(若さで重要な任務を任される)
- 10人兄弟の末弟、「与一」は「十余り一(十一番目)」の意
有名な原文の一節
折節(おりふし)北風はげしくて、磯打つ波も高かりけり。
船は揺り上げ揺りすゑ、漂へば、扇もくしに定まらずひらめいたり。
沖には平家、船を一面に並べて見物す。
陸には源氏、くつばみを並べてこれを見る。
いづれもいづれも、晴れならずといふ事ぞなき。
折しも北風が激しく、磯を打つ波も高かった。
船は上下に揺れ、漂うので、扇も竿の先で安定せず、ひらひらと動いている。
沖には平家が船を一面に並べて見物している。
陸には源氏が馬を並べてこれを見ている。
どちらもどちらも、晴れがましくないということはない(みなが緊張して見つめている)。
那須与一の覚悟と祈り
「南無八幡大菩薩、別(べち)しては我が国の神明、日光の権現・宇都宮・那須の湯泉大明神、願はくは、あの扇の真ん中射させてたばせ給へ。これを射損ずるものならば、弓切り折り自害して、人に二度面(おもて)を向かふべからず。」
「南無八幡大菩薩、特に我が国の神々、日光権現・宇都宮明神・那須湯泉大明神、どうかあの扇の真ん中を射させてください。もし射損じたら、弓を折って自害し、二度と人に顔を見せません。」
→ 神への祈りと、失敗への覚悟(自害)
→ 若さと真剣さがにじむ場面
見事に的中 ── クライマックス
与一は鏑矢(かぶらや)を放つ
→ 矢は風を切って飛び、見事に 扇の要ぎわ(要から一寸ほどの所)を射切る
扇は 春風に乗って空高く舞い上がり、海に落ちる
→ 平家・源氏両方から歓声が上がる
「沖には平家、ふなばたを叩いて感じたり。陸には源氏、えびらを叩いてどよめきけり」
→ 敵味方の区別なく、その美しさに感動
続編 ── 老武者の舞
扇が射抜かれた後、平家の老武者が船べりに出て舞を舞う(喜んでいる素振り?挑発?)
源義経が「もう一射よ」と那須与一に命令
与一は再び矢を放ち、老武者を射倒す
→ 平家側は静まり返り、源氏側も「あまりにも非情だ」と引きずるような気持ちに
→ 戦争の 非情さを示すエピソード
場面の魅力と教科書での扱い
- 緊張感ある場面描写(風・波・船・矢)
- 若き武士の 覚悟と 祈り
- 敵味方を超えた 感動
- 戦争の 非情さもしっかり描く
- 音読しても美しい 七五調のリズム
- 琵琶法師の語りを意識した文体
重要語句
| 古語 | 意味 |
|---|---|
| 折節(おりふし) | ちょうどそのとき |
| はげしく | 激しく |
| くしに定まらず | 竿の先で安定せず |
| ひらめく | ひらひらと動く |
| くつばみ | 馬の口にかける金具、ここでは「馬」を指す |
| 晴れならず | 晴れがましくない(注目されないこと) |
| 南無 | 祈りの言葉 |
| 別して | 特に |
| 面(おもて)を向かふ | 顔を向ける |
源平合戦の流れと位置づけ
1180年:源頼朝、伊豆で挙兵
1183年:木曾義仲が京都へ入る
1184年:一の谷の戦い(鵯越の逆落とし)
1185年:屋島の戦い(那須与一の活躍)
1185年:壇ノ浦の戦い(平家滅亡)
- 1180年 源頼朝挙兵
- 1184年 一の谷の戦い
- 1185年 屋島の戦い(那須与一の活躍)
- 1185年 壇ノ浦の戦い(平家滅亡)
- 歴史と国語を関連付けて覚える
- 「南無八幡大菩薩」「日光権現」「那須湯泉大明神」など複数の神を挙げる
- 失敗したら自害するという覚悟
- 若き武士の真剣さがよく表れた場面
- 「ふなばたを叩く」(船べりを叩く、感動の表現)
- 「えびらを叩く」(矢入れを叩く、武者の感動)
- 敵味方を超えて感動する姿が描かれる
教科書で確認した場面読解の軸
- 「扇の的」は屋島の戦いの一場面で、那須与一の緊張と覚悟が中心になる。
- 扇は小舟の上で揺れ、夕方の海という条件が難しさを強めている。
- 与一の祈り、的中、敵味方の反応を順に追うと、場面の盛り上がりが見える。
- 与一は名誉だけでなく、失敗すれば源氏全体の面目に関わる重圧を背負う。
- 老武者の舞の場面は、武士の価値観と残酷さを考える材料になる。
この章でつまずきやすいところ
『平家物語』の「那須与一」では、扇の射抜きにくさの理由、与一の祈りの重み、源平の位置関係、物語の終わり方の四つでつまずきやすい単元です。本文を追いながら迷いやすい具体場面を順に整理します。
扇の難しさを「距離だけ」で読み取ってしまう
- つまずく場面:「折節北風はげしくて、磯打つ波も高かりけり」を読んでいる途中で、扇が遠いから難しいのだと思い込み、北風と波の描写を背景の飾りとして読み飛ばしてしまう場面です。
- 克服のコツ:因果関係で整理します。北風が激しい→波が高い→船が揺れる→扇が竿の先で定まらないという連鎖で「射抜きにくさ」が成立しています。距離だけでなく、自然描写が困難さの根拠になっている流れを順に押さえると読みが深まります。
- ミニ例:本文の「船は揺り上げ揺りすゑ、漂へば、扇も串に定まらずひらめいたり」は、波と船の動きが扇の不安定さに直結していることを示す描写として読みます(引用は採用教科書本文の表記に準拠してください)。
与一の祈りを「ただの願掛け」と軽く読んでしまう
- つまずく場面:「南無八幡大菩薩」から始まる祈りを読んでいる途中で、神様にお願いしているだけだろうと流してしまい、続く「弓切り折り自害して」の部分の重さに気づかないまま読み進めてしまう場面です。
- 克服のコツ:時系列で読みます。祈りの宣言→失敗した場合の覚悟→そのうえで矢を放つという順序で、祈りと自害の覚悟がセットになっている点を確認します。この場面は祈りと覚悟が一続きになっている点が読みどころです。
- ミニ例:「これを射損ずるものならば、弓切り折り自害して、人に二度面を向かふべからず」は、祈りの直後に置かれた覚悟の言葉として読みます。
源氏と平家の位置関係を取り違えてしまう
- つまずく場面:「沖には平家」「陸には源氏」と続く対句を読んでいる途中で、どちらが船でどちらが馬上か一瞬わからなくなり、「くつばみを並べて」が誰の動作か迷ってしまう場面です。
- 克服のコツ:位置関係で整理します。海(沖)=平家=船の上、陸=源氏=馬上と固定して読みます。「くつばみ(轡)」は馬の口にくわえさせる金具で、ここから手綱が伸びます。馬を並べる動作=陸の源氏側、と結びつけると動作主の混同を防げます。
- ミニ例:「陸には源氏、くつばみを並べてこれを見る」は、馬を並べた源氏方が海上の扇を見つめている場面として読みます。
射抜いた後の歓声で物語が終わると思い込んでしまう
- つまずく場面:扇が春風に舞い上がり、平家が船べりを叩き源氏がえびらを叩く感動の場面で読み終えた気分になり、その直後の老武者の場面と義経の新たな命令を読み飛ばしてしまう場面です。
- 克服のコツ:時系列で押さえます。扇的中→敵味方の歓声→老武者が立ち上がって舞う→義経が「あれを射よ」と命じる→与一が老武者を射ると続く流れがあり、感動の直後に別の場面が続く構成になっている点に注意します。途中で読みを止めないことが大切です。
- ミニ例:「沖には平家、ふなばたを叩いて感じたり。陸には源氏、えびらを叩いてどよめきけり」のあとに老武者の場面が続く構成として読みます。
練習問題
- 那須与一が活躍した戦いは何か
- 那須与一は何を射抜いたか
- 『平家物語』の作者
- 那須与一はおよそ何歳だったか
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(1) 屋島の戦い (2) 扇(扇の的) (3) 不詳(琵琶法師が語り継いだ) (4) 約20歳
次の古語の意味を答えよ。
- 折節
- 晴れならずといふ事ぞなき
- くつばみを並べて
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(1) ちょうどその時
(2) 晴れがましくない(注目されない)ということはない(みなが見つめている)
(3) 馬を並べて
与一が祈った時、もし失敗したらどうすると誓ったか。
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弓を折って自害し、二度と人に顔を見せないと誓った。
扇を射抜いた後、平家・源氏はどう反応したか。
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平家は船べりを叩き、源氏はえびら(矢入れ)を叩き、どちらも感動した。敵味方関係なくその技に感激した。
まとめ
- 那須与一:屋島の戦い(1185年)で活躍した若き弓の名手。
- 平家の挑発に対し、扇の的を射抜く。
- 覚悟と神への祈りが見事に結びついた名場面。
- 敵味方を超えた感動の描写。
- 続編で老武者を射る場面は戦争の非情さを描く。
- 七五調のリズムで琵琶法師の語りに合う美しい文体。
もっと知る ── 発展・実生活(出典つき)
※ 教科書の内容に、信頼できる出典をもとにした発展・実生活・時事の話題を補足しています(教科書そのものではありません)。
扇の的の舞台・屋島へ行ける(祈り岩と駒立岩)実生活
那須与一が扇の的を射た屋島は、現在の香川県高松市にあり、観光地として訪れることができます。与一が弓を射る前に祈ったとされる「祈り岩」や、馬を止めたとされる「駒立岩」が今も残っており、教科書の名場面の舞台を実際に確かめられます。
与一のふるさとは栃木県大田原市発展
那須与一宗高は下野国那須(現在の栃木県大田原市)の出身と伝えられ、地元では「郷土の誉れ」として大切にされています。1185年2月の屋島の合戦で扇の的を射た逸話が、与一を全国に知られる人物にしました。
那須与一伝承館で名場面を体験できる実生活
栃木県大田原市には、与一を顕彰する「那須与一伝承館」があります。からくり人形風ロボットと三面ワイドスクリーンで屋島合戦の「扇の的」を再現する劇場や、那須氏に伝わる資料の展示があり、教科書の場面を立体的に学べます。
『平家物語』を語り広めた琵琶法師発展
『平家物語』は、仏教的な無常観を背景に平家一門の栄枯盛衰を描いた軍記物語です。鎌倉時代中期以降、琵琶法師と呼ばれる僧が琵琶を弾きながら各地で語り継いだことで広まりました。教科書で味わう七五調のリズムは、この「語り」のための文体です。
