子どもが学校から「今日はタブレットで授業だった」と話すのを聞いて、「これでいいのだろうか」と思ったり、「いや、これからはこれが当たり前なのだろう」と思い直したり。気持ちが行ったり来たりした方もいるかもしれません。
その迷いは、保護者だけのものではありません。国の単位でも、世界はいま、単純に「もっとデジタルへ」とは言い切れない局面に入っています。
デジタルを「学びの中身」にした国
ひとつは、エストニアです。人口130万人ほどの小国ですが、2012年に始まったProgeTigerという取り組みによって、プログラミング、ロボティクス、3Dグラフィックス、情報科学などを学校や幼稚園の学びに取り入れてきました。すべての子が同じ教科として毎週プログラミングを受ける、というより、学校が選びながら技術に触れる機会を広げてきた形です。
OECDの学習到達度調査「PISA 2022」でも、エストニアはヨーロッパの上位に入りました。科学的リテラシーでは欧州トップ、数学的リテラシーと読解力でも最上位グループです。ただし、ここで「デジタル化したから学力が高い」と短く言い切るのは危険です。PISAの点数には、教員の質、家庭環境、学校制度、移民政策など多くの要因が関わります。
それでもエストニアから学べることはあります。注目したいのは、ただ機器を配ったのではない、という点です。教員研修、教材、学校と家庭をつなぐ情報システムを整えながら、デジタルを「調べる・作る・考える」ための道具として授業に組み込んできました。子どもが受け身で画面を見るのではなく、自分で手を動かす学びに寄せてきたのです。
紙と読書へ重心を戻した国
もうひとつは、スウェーデンです。この国も長く、学校のデジタル化を進めてきました。2017年には学校制度の国家デジタル化戦略が決まり、2018年のカリキュラム改訂ではデジタル能力やプログラミングが重視されました。ところが近年、政府は「より多くの読書時間、より少ないスクリーン時間」を掲げ、紙の教科書や読書、手書きの学習を重視する方向へ政策を戻しています。
・2017年:学校制度の国家デジタル化戦略を決定
・2018年:カリキュラム改訂でデジタル能力やプログラミングを強化
・2025年7月:就学前教育で、2歳未満は紙の本などアナログ教材を原則とし、それ以外の年齢でも非アナログ教材の使用を大きく制限
・2026年秋学期前:義務教育段階などで、学校が児童生徒のスマートフォンを一日預かる全国ルールを導入予定
ここで誤解してはいけないのは、これが「デジタルは悪だった」という結論ではないことです。スウェーデン政府も、デジタル教材を全否定しているわけではありません。年齢や発達段階に合わない使い方、授業中のスマートフォンによる注意散漫、読書や書く時間の不足を問題にしています。画面そのものではなく、画面に置き換えた結果、子どもの集中や深い読みが弱くなっていないかを問い直しているのです。
正反対に見えて、問いは同じ
エストニアとスウェーデンは、正反対の動きに見えます。片方はプログラミングやロボティクスを早くから取り入れ、もう片方は紙の本や読書へ重心を戻している。けれど、両者をよく見ると、行き着く問いは同じです。
それは、子どもがその道具を使って何をしているのか、という問いです。
画面で動画を見ているだけなのか。先生が出したデジタル教材をクリックしているだけなのか。それとも、自分で調べ、作り、試し、失敗し、もう一度考えているのか。デジタルの価値は、端末そのものではなく、そこで起きている活動で決まります。
ここで、タブレットとパソコンの違いも見えてきます。タブレットは持ちやすく、画面を見たり、直感的に操作したりするには便利です。一方で、文章を書く、ファイルを整理する、プログラムを組む、画像や動画を編集する、といった「作る」作業では、キーボードと大きな画面を持つパソコンのほうが力を発揮します。
デジタルこどもBASEは、パソコンを「見る道具」ではなく「作る道具」として子どもに手渡したいと考えています。端末の数ではなく、その先で子どもが何をしているか。海外の二つの国は、そのことを静かに教えてくれます。
