今週の水曜日、放課後ラボに2組の親子が見学に来ました。お子さんは初めて座る席でパソコンに触り、マインクラフトやロブロックスを立ち上げて、しばらく画面をのぞき込んでいました。そして、手が止まります。何をどう動かせばいいのか、分からなくなる瞬間です。
そのとき、近くで自分のゲームを進めていた子が席を立ちました。「ここ押すと出てくるよ」。もう一組のお子さんのところにも、別の子が寄っていきます。教え方が的確で、相手が分かったのを確かめると、自分の席に戻って続きを始めました。
見ていた保護者の方が、「こんないいお子さんばかりで」と驚かれていました。私はその言葉を、すぐには受け取れませんでした。私が毎週見ていたのは、大騒ぎしながら遊ぶ子どもたちです。保護者の方の一言で、いつもの光景が違って見えました。困っている子を嫌な顔一つせず助ける姿を見て、この子たちは、気遣いができる子になってきている。そう感じたのは、その時が初めてでした。
教えていないことが、育っていた
放課後ラボは今年4月に始まりました。毎週水曜日の夕方、大田区の「芋やぽんぽこ」に、小学校低学年から中学生までが集まり、一人1台のパソコンで好きなことをします。年齢も通っている学校もばらばらで、発達障害のある子も、不登校の子も、家にパソコンがない子もいます。こういう多様な子どもたちが、同じ部屋で毎週過ごしています。私たちが教えてきたのは、タイピング、Scratch、マインクラフトの建築、AIの使い方といった、パソコンのことだけです。
自分のやりたいことを中断して、知らない子のところへ行き、相手が分かる言葉で教える。これは大人でも簡単ではありません。それが、誰にも言われずに出てきていました。この数か月で、パソコンの腕とは別のものが育っていたのです。他人を思いやる心、と呼ぶしかないものです。
ボランティアで来ている中学生も同じです。今では子どもたちに「これ、どうやるの」と頼られ、みんなで遊ぶためのマインクラフトのワールドを自分で作って披露するまでになりました。けれど、最初からそうだったわけではありません。もともと、年下の子の面倒を見るのが得意なタイプではありませんでした。年下の子が隣にいて、毎週頼られる。その状況が続いたことで、本人の中から自然に生まれてきた力です。この中学生のお母さんも、「小さいころからずっとできなかった、人を思いやる心が芽生えてきた」と、驚きと喜びを話してくださいました。
子どもは、場所さえあれば育つ
正直に書くと、この活動に意味があるのかと悩んだ時期があります。子どもたちにパソコンのスキルを教えたいと思っても、みんな必死に遊ぶばかりで、教える隙がない。週に一度集まって遊んでいるだけで、子どもの何になるのか。成果は数字に出ませんし、変化は目に見えにくい。見学の日にあの場面を見て、答えの一つが分かった気がしました。私たちが用意していたのはパソコンの教室ではなく、子どもが育つ場所だったのだと思います。
大人が教えて伸びる部分は、確かにあります。けれど放課後ラボで一番大きく育っていたのは、教えていない部分でした。ここには、自分より少しできる子と、少しできない子が同じ部屋にいます。それぞれが好きなことをやっていてよく、毎週同じ曜日、同じ時間に開いています。マイクラに詳しい子が、別のことでは教わる側になる。先週教えてもらった子が、今週は初めて来た子に教える。教える側と教わる側が、毎週入れ替わるのです。もし教えるのが私やボランティアだけだったら、子どもたちは教わるばかりで、誰かの役に立つ経験ができません。
子どもは、場所さえあれば育つ。最近、そう思うようになりました。安心して座っていられて、隣に人がいて、自分が誰かの役に立てる順番が回ってくる。そういう居場所のことです。
見学に来られた保護者の方は、「ぜひ参加したい」と目を輝かせて帰られました。放課後ラボは10月から新しい参加者を迎えます。パソコンを学びたい子、学校以外にも安心して過ごせる場所がほしい子は、まず見学に来てください。初めての日にパソコンの前で手が止まっても、大丈夫です。近くの席の子が、きっと教えに来てくれます。
