大丈夫。「勉強ができない」は、人生の結論じゃない

── 人生は長い努力のゲーム。勝負は、大人になってから

返ってきたテストの点を見て、親も子もため息をつく夜があるかもしれません。勉強ができない。勉強が嫌い。そう思っている子ほど、自分の価値まで低く見積もってしまうことがあります。

勉強ができない理由は、一つではありません。内容が理解できずに手が止まっている子もいれば、体調や気持ちのつらさが先にある子もいます。この文章が向けたいのは、「何のためにやるのか」が見えなくて、やる気がわかない子です。

すべての差が、あとから変えられるわけではありません。生まれ持った得意・不得意の違いは、残ります。それでも、意欲や経験の違いでついた差は、あとから変えられます。人生は長く、大人になってから努力できる人は強い。

変えられる差と、変えにくい差

教育学の研究では、補習や早期教育でついた学力の上乗せが、その後に小さくなる例が数多く報告されています。早く習ったことで生じた差が、ほかの子も学校で学ぶにつれて縮まる、という場合です。ただし、すべての学力差に当てはまるわけではなく、時間がたてば自然に追いつくと保証するものでもありません。

一方で、双子などを調べた研究では、知能テストの個人差のうち、遺伝的な違いで説明できる割合は、成長とともに大きくなる傾向があると報告されています。目安として、乳児期で約2割、青年期で約4割、成人期で約6割です(Plomin & Deary, 2015)。これは、一人の子の能力の6割が生まれつき決まっているという意味ではありません。集団の中の個人差の話です。けれど、どんな子でも同じように追いつける、とは言いません。

だから、点数の差を、その子の価値と取り違えないでください。勉強ができないくらいで、過剰な劣等感を抱く必要はありません。伸びる方向は、人によって違います。

意味が見えないと、手は動かない

「やる気を出しなさい」と言われるたびに、動けない自分を責めてきた子もいるかもしれません。けれど、やる気がわかない子は、怠けているわけではないことが多いのです。「これをやって、何になるのか」が見えないと、人は手を動かせません。大人も同じです。

米国の高校1年生の理科で、学んだ内容が「自分の生活とどうつながるか」を書かせたところ、興味が高まり、とくに自信のなかった生徒で効果が大きかったと報告されています(Hulleman & Harackiewicz, 2009)。一つの授業での実験で、どの子にも効くとは言えませんが、「自分に関係がある」と感じたとき、人は動き出しやすくなる手がかりです。

意味は、説明だけでは見えにくく、自分で何かを作り、誰かに使ってもらう経験の中で、見えてくるものです。絵でも、料理でも、工作でも、パソコンでも、誰かの手伝いでも構いません。意味が見えてから動き出しても、遅くはありません。

人生は、長い努力のゲーム

人生は、長い努力のゲームです。子どもの頃の点数は、スタート地点の違いにすぎません。勝負は、大人になってから、何年も続けられるかどうかです。

年齢が上がると、人は自分に合う環境を選べるようになります。好きなことに時間を使い、得意なことを伸ばせる。何に時間を使うかを、自分で選べる。だから、大人になって努力できる人が強いのです。

やりたいこと、やるべきことが見えたとき、そこで努力できる人間であればいい。勉強が必要になったら、そこから学び直せます。読み書きや数の理解は、すべての土台です。定時制や通信制の高校、専門学校、大学。道は、いくつもあります。

大丈夫。焦らなくていい。今は苦手でもいい。嫌いでもいい。意味が、まだ見えなくてもいい。動けない日があっても、それであなたの価値が減るわけではありません。そんな夜のため息が、あなたのすべてではありません。

デジタルこどもBASEは、毎週水曜日に無料の学び場「放課後ラボ」を開いています。学校に行きづらい小中学生のための「ふらっとラボ」も、2026年10月19日(月)から始めます。自分のペースで、好きなことに取り組める場所です。

参考資料

著者:漆谷 智行(デジタルこどもBASE理事長)