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歴史は、背景、できごと、社会の変化、後の時代への影響を順に並べると因果関係が見えます。
敗戦とポツダム宣言
用語
ポツダム宣言
1945年7月、アメリカ・イギリス・中国が出した 日本に対する降伏要求。日本の領土・軍隊・統治の方針を定めた。
- 1945年8月6日:広島に原爆投下
- 1945年8月9日:長崎に原爆投下、ソ連が対日参戦
- 1945年8月15日:玉音放送(昭和天皇のラジオ放送で敗戦を国民に伝える)
- 1945年9月2日:降伏文書調印(戦艦ミズーリ)
GHQによる占領
用語
GHQ
連合国軍最高司令官総司令部(General Headquarters)。マッカーサーを最高司令官とする。本部は東京・第一生命ビル。
- 間接統治:GHQが日本政府に指令を出し、日本政府が法律や制度を実施した。
- 非軍事化:軍隊の解体、軍国主義的な制度の廃止。
- 民主化:国民主権・人権尊重・教育改革・労働者の権利などを広げる。
- 冷戦の影響:東西対立が強まると、日本を西側陣営の一員として経済復興させる方針も重視された。
日本国憲法の制定
制定の流れ
1945年10月:マッカーサー、憲法改正を指示
1946年2月:GHQ が憲法草案を作成(GHQ草案)
1946年11月3日:公布
1947年5月3日:施行(憲法記念日)
三大原理:国民主権・基本的人権の尊重・平和主義
民主化改革
- 農地改革:地主から農地を買い上げて、小作農に売り渡す → 自作農が増える
- 財閥解体:三井・三菱・住友・安田などの大企業集団を解体
- 労働三法制定:労働基準法・労働組合法・労働関係調整法
- 選挙法改正:女性に選挙権、満20歳以上
- 教育基本法・学校教育法:6・3・3・4制、男女共学
背景→結果で押さえる
- 戦前の反省:軍部の発言力が強く、国民の政治参加や人権保障が弱かった。
- 改革のねらい:権力を分散し、国民が政治を動かすしくみに変える。
- 結果:日本国憲法・選挙制度・教育制度・労働制度が、戦後民主主義の土台になった。
農地改革の意義
なぜ大事?
戦前:地主が農地を握り、小作農は搾取される構造
戦後:自作農が増え、農村に「中産階級」ができる
→ 民主化の経済的基盤になった
東京裁判(極東国際軍事裁判)
戦争責任の追及
1946〜1948年:東京で開催
A級戦犯 28名を起訴(東条英機ら7名が死刑)
天皇は不起訴(GHQの判断)
サンフランシスコ平和条約と独立
- 1951年9月:サンフランシスコ平和条約調印(吉田茂首相)
- 48か国と講和(ソ連・中国は不参加)
- 1952年4月28日:条約発効、日本独立
- 同時に 日米安全保障条約調印(アメリカ軍の駐留継続)
つまずきポイント:年表の重要日付
- 1945年8月15日:敗戦
- 1946年11月3日:憲法公布(文化の日)
- 1947年5月3日:憲法施行(憲法記念日)
- 1951年9月:サンフランシスコ平和条約
- 1952年4月28日:独立回復
練習問題
問題1(用語)
- 日本に対する降伏要求
- 占領政策を担当した司令部
- 最高司令官の名前
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(1) ポツダム宣言 (2) GHQ(連合国軍最高司令官総司令部) (3) マッカーサー
問題2(日付)
- 日本国憲法の公布日
- 日本国憲法の施行日
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(1) 1946年11月3日 (2) 1947年5月3日
問題3(民主化)
戦後の民主化改革のうち3つを挙げよ。
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農地改革、財閥解体、労働三法、選挙法改正、教育改革 から3つ
問題4(説明)
GHQの占領政策で「非軍事化」と「民主化」が重視された理由を、戦前の反省にふれて説明しなさい。
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例:戦前は軍部の力が強まり、国民の権利や政治参加が十分に保障されないまま戦争へ進んだ。その反省から、軍隊を解体して軍国主義を弱め、国民主権・基本的人権・教育改革などで民主的な社会をつくろうとした。
まとめ
- 1945年8月15日:日本敗戦。GHQ(マッカーサー)が占領。
- 占領政策の柱は 非軍事化 と 民主化。日本政府を通じた間接統治で進められた。
- 日本国憲法:1946年11月3日公布、1947年5月3日施行。
- 民主化:農地改革・財閥解体・労働三法・教育改革・婦人参政権。
- 東京裁判で戦争責任を追及。
- 1951年サンフランシスコ平和条約 → 1952年独立回復。