随筆とは ── 「思ったことを書く」文学
日本の 三大随筆は次の3つ。中1では 『枕草子』『徒然草』の2つを学ぶことが多い。
- 『枕草子』(清少納言・平安時代中期)
- 『方丈記』(鴨長明・鎌倉時代初期)
- 『徒然草』(兼好法師・鎌倉時代末期)
枕草子 ── 「春はあけぼの」
『枕草子』は 清少納言(せいしょうなごん)が書いた、平安中期(1000年ごろ)の随筆。宮中での見聞や、季節の美しさ、感じたことが書かれています。
春は あけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる。
夏は 夜。月のころはさらなり、闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。
秋は 夕暮れ。夕日のさして山の端いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛びいそぐさへあはれなり。
冬は つとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、炭もて渡るも、いとつきづきし。
「春はあけぼの」を訳す
現代語訳
- 春は明け方がよい。だんだん白くなっていく山際が少し明るくなって、紫がかった雲が細くたなびいているのがよい。
- 夏は夜がよい。月が出ているのはもちろん、闇夜でも蛍がたくさん飛び交っているのは美しい。
- 秋は夕暮れがよい。夕日が差して山の端にすぐ近づいたころ、烏が寝るところに帰ろうと、三つ四つ、二つ三つと急いで飛ぶ姿までしみじみする。
- 冬は早朝がよい。雪が降っているのは言うまでもなく、霜が真っ白なのも、またそうでなくてもとても寒い朝に、火を急いでおこして炭を運ぶのも、とても季節らしい。
キーワードを覚える
| 古語 | 意味 |
|---|---|
| あけぼの | 夜が明けようとする時、明け方 |
| やうやう | だんだん、しだいに(読み:ようよう) |
| さらなり | 言うまでもない |
| なほ | やはり、もっと(読み:なお) |
| あはれなり | しみじみと心打たれる(読み:あわれなり) |
| つとめて | 早朝 |
| つきづきし | いかにもふさわしい、その季節らしい |
枕草子のおもしろさ
清少納言は 「これがよい・これがダメ」とはっきり書きます。「春はあけぼの(がよい)」というのは、四季の最高の瞬間を1つずつ選ぶ 鋭い感性。同時代の『源氏物語』とは違う、随筆ならではの 切れ味があります。
徒然草 ── 「つれづれなるままに」
『徒然草』は 兼好法師(けんこうほうし/吉田兼好)が書いた鎌倉末期(1330年ごろ)の随筆。出家した僧の目線で、世の中・人間・生き方について書かれています。
つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。
「つれづれ」を訳す
現代語訳
することがなく退屈なのにまかせて、一日中、硯(すずり)に向かって、心に浮かんでは消えるとりとめないことを、なんとなく書きつけていると、不思議なほど物狂おしい気分になってくる。
徒然草のキーワード
| 古語 | 意味 |
|---|---|
| つれづれなり | することがなく退屈である |
| 日暮らし | 一日中 |
| よしなしごと | とりとめのないこと |
| そこはかとなく | なんとなく、はっきりした理由もなく |
| あやしうこそ | 不思議なことに |
| ものぐるほし | 物狂おしい、気が変になりそうな |
2作品の比較
| 項目 | 枕草子 | 徒然草 |
|---|---|---|
| 作者 | 清少納言(女性) | 兼好法師(男性・僧) |
| 時代 | 平安時代中期 | 鎌倉時代末期 |
| 立場 | 宮中(中宮定子に仕える) | 出家した僧侶 |
| 内容 | 宮中の生活・季節の美・好き嫌い | 人生論・処世訓・古き良きものへの愛着 |
| 文体 | 鋭く、断定的、明るい | 落ち着いた、思索的、無常観 |
教科書で確認した随筆の読み方
- 『枕草子』は清少納言による平安時代の随筆で、季節や宮廷生活を鋭く切り取る。
- 『徒然草』は兼好法師による鎌倉末期ごろの随筆で、観察・教訓・人生観が混じる。
- どちらも随筆だが、『枕草子』は「をかし」、『徒然草』は無常や省察が軸になりやすい。
- 枕草子=清少納言=平安、方丈記=鴨長明=鎌倉、徒然草=兼好法師=鎌倉末期。
- 作者・時代・文章の調子をセットにすると、比較問題に強くなる。
この章でつまずきやすいところ
『枕草子』と『徒然草』は同じ「随筆」でも、作者・時代・調子がまったくちがいます。冒頭文を読んでいる途中で、二作品の言葉や感じが頭の中で混ざりやすい場面を取り上げ、迷いをほどく目印を確認します。
冒頭の語り出しで、季節の話と退屈の話が頭の中で混ざる
- つまずく場面:「春はあけぼの」と「つれづれなるままに」を続けて音読していると、どちらが清少納言でどちらが兼好法師か、本文を見ている途中であやふやになる。季節を列挙する声と独白する声がひとつの作品の中で響いているように感じられる場面。
- 克服のコツ:冒頭一文の調子で見分けるのがコツ。『枕草子』の冒頭は「春はあけぼの…」と季節を列挙する語り出しで、清少納言が中宮定子に仕えた宮廷生活をもとに書いた平安中期の随筆。『徒然草』の冒頭は「つれづれなるままに…」と一人で硯に向かう独白の調子で、兼好法師(吉田兼好)が書いた鎌倉末期の随筆。冒頭の調子を耳でつかむと、作品名と作者が一直線に結びつく。
- ミニ例:「春はあけぼの」と聞こえたら季節を並べる調子→平安中期・清少納言。「つれづれなるままに」と聞こえたら一人ごとの調子→鎌倉末期・兼好法師。最初の一文の語り口で仕分けられる。
「あけぼの」と「つとめて」を同じ時間帯だと思い込んでしまう
- つまずく場面:『枕草子』第一段を読んでいるうちに、春の「あけぼの」と冬の「つとめて」がどちらも朝のように感じられて、清少納言が四季のうち二つも朝を選んだのか、と混乱する場面。
- 克服のコツ:景物で区切るのがコツ。あけぼの=夜がほのぼのと明けようとするころ、つとめて=早朝(冬の段では火を急ぎおこすほど冷えこむ早朝)。時間帯の差で峻別するより、春は山際が白む空、冬は霜と火桶という景物の違いで覚えると取り違えにくい。
- ミニ例:春の本文には「やうやう白くなりゆく山ぎは」とあり、空がほのぼの白くなる景色。冬の本文には「火など急ぎおこして」とあり、霜と火桶の冷えた早朝。同じ朝でも、空の色を見る朝と、火をおこす朝で景物がちがう。
「あはれなり」を現代語の「かわいそう」と読みかえてしまう
- つまずく場面:秋の段で「烏の寝所へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり」を読んでいる途中、烏が「かわいそう」と訳したくなる。すると清少納言が秋の夕暮れを悲しんでいるように感じられて、本文の趣旨が分からなくなる場面。
- 克服のコツ:見分け方として、古文のあはれなり=しみじみと心打たれるを一度立ち止まって当てはめる。現代語の「かわいそう」とは別語だと意識し、前後に美しい景色や季節の動きがあるときは「しみじみよい」と読み替えるとつながる。
- ミニ例:秋の段では夕日と山の端、烏が寝所へ急いで飛ぶ数まで描いている。ここでの「あはれなり」はしみじみとよいの意味で、清少納言が秋の夕暮れを高く評価している場面だと読める。
「つれづれなるままに」を「楽しくてたまらない」のように受け取ってしまう
- つまずく場面:『徒然草』序段を読み始めた途端、「つれづれ」という響きから「気の向くまま自由に楽しんで書いた」と感じてしまい、兼好法師が一日中硯に向かう場面の雰囲気がうまくつかめなくなる。
- 克服のコツ:因果関係で読むのがコツ。つれづれなり=することがなく退屈である。退屈だから硯に向かい、心に浮かんでは消える「よしなしごと(とりとめもないこと)」を書きつける、という流れで意味がつながる。語の意味を取り違えると後半の「ものぐるほしけれ」=妙に心が乱れる/何となく気が変になりそうだまでずれてしまう。
- ミニ例:序段は退屈→硯に向かう→とりとめもないことを書く→何となく心が乱れるように感じるという順。「つれづれ」を退屈と取ると、最後の「あやしうこそものぐるほしけれ」まで自然につながる。
練習問題
- あけぼの
- つとめて
- あはれなり
- つれづれなり
- よしなしごと
答えを見る
(1) 明け方
(2) 早朝
(3) しみじみと心打たれる
(4) することがなく退屈である
(5) とりとめのないこと
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春 → あけぼの(明け方)
夏 → 夜
秋 → 夕暮れ
冬 → つとめて(早朝)
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枕草子:清少納言/平安時代中期
徒然草:兼好法師(吉田兼好)/鎌倉時代末期
まとめ
- 随筆は、見聞や感想を自由に書く文章。日本三大随筆は 枕草子・方丈記・徒然草。
- 『枕草子』=清少納言・平安中期。「春はあけぼの。」── 四季のベストな瞬間を1つずつ選ぶ。
- 『徒然草』=兼好法師・鎌倉末期。「つれづれなるままに、…。」── 退屈にまかせて書きとめた人生論。
- 古語:「あけぼの/つとめて/あはれなり/つれづれなり/よしなしごと」は頻出。
もっと知る ── 発展・実生活(出典つき)
※ 教科書の内容に、信頼できる出典をもとにした発展・実生活・時事の話題を補足しています(教科書そのものではありません)。
「枕草子」は世界でも最も古い随筆の一つ発展
ものの見方や感想を自由に書く「随筆(エッセイ)」というジャンルで、『枕草子』は世界でも最古級の作品とされます。西洋でエッセイの祖と呼ばれるモンテーニュの『随想録』は、清少納言の約580年あとに書かれました。日本の随筆が世界文学史でも早い時期に生まれたことがわかります。
三つそろって「日本三大随筆」発展
『枕草子』『方丈記』『徒然草』の三つをまとめて「日本三大随筆」と呼びます。中1ではこのうち『枕草子』と『徒然草』を学ぶことが多いですが、鴨長明の『方丈記』(鎌倉初期)も同じ仲間で、図書館でも三作はひとそろいの古典として扱われています。作者・時代・文章の調子をセットで覚えると比較問題に強くなります。
『枕草子』の本物は図書館でデジタル公開されている実生活
教科書で読む冒頭は、実は何百年も筆で写し継がれてきた手書きの本(写本)がもとになっています。龍谷大学図書館の貴重資料画像データベースでは、室町時代に書き写された『枕草子』の写本がインターネットで無料公開されていて、だれでも昔の手書きの本のすがたを見ることができます。教科書の活字とちがう「写本」の世界をのぞいてみると、古典が今に伝わるしくみが実感できます。
古典の全文は青空文庫でスマホからも読める実生活
古典は、ボランティアが電子化して公開する「青空文庫」などで無料で読めます。たとえば鴨長明『方丈記』は原文の全文が青空文庫で公開されていて、兼好法師『徒然草』も現代語訳の全文を読むことができます(『枕草子』は青空文庫ではまだ準備中で、ほかの公開先で読めます)。教科書にのっているのは冒頭などの一部だけなので、続きが気になったら全文にあたってみると、作者がほかにどんなことを書いたかが分かります。スマホやパソコンから家でも古典に親しめます。
清少納言はテレビドラマの登場人物にもなった実生活
2024年のNHK大河ドラマ「光る君へ」は、『源氏物語』を書いた紫式部を主人公に平安時代を描き、同じころ宮中で活躍した清少納言や『枕草子』も物語に登場しました。教科書の中だけの人物に見える清少納言が、実際に同時代を生きたライバルとともに描かれることで、平安時代がぐっと身近になります。
「徒然(つれづれ)」は今も使われる言葉発展
『徒然草』の「つれづれなり」は「することがなくて退屈だ」という意味で、ここから「徒然なるままに」という言い回しが今も日記やブログの書き出しなどに使われます。約700年前に兼好法師が「ひまにまかせて書いた」と述べた言葉が、現代のエッセイの感覚にそのままつながっているのです。古語が現代語にどう生き残るかを考える手がかりになります。
