中2国語|9章 問題集
9章 平家物語「敦盛の最期」 ── 50問問題集
平家物語「敦盛の最期」の重要事項を、基本20・標準20・応用10の3段階で総点検。答えはタップで開けます。
基本(20問)
問題1
「敦盛の最期」が収められている軍記物語の作品名を漢字で答えなさい。
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平家物語
「敦盛の最期」は『平家物語』の一節である。
「敦盛の最期」は『平家物語』の一節である。
問題2
敦盛を討った源氏方の武将の名を答えなさい。
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熊谷直実(熊谷次郎直実)
東国の剛勇な武将である熊谷直実が敦盛を討った。
東国の剛勇な武将である熊谷直実が敦盛を討った。
問題3
討たれた若い平家の武将の名を答えなさい。
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平敦盛
平敦盛は清盛の甥にあたる若き貴公子である。
平敦盛は清盛の甥にあたる若き貴公子である。
問題4
本文で「生年十七」と語られる敦盛の年齢は何歳か答えなさい。
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十七歳
本文に「生年十七」とあり敦盛は十七歳の若さである。
本文に「生年十七」とあり敦盛は十七歳の若さである。
問題5
敦盛が討たれた戦いの名を答えなさい。
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一の谷の戦い
一の谷の戦いで平家軍が敗走する中での出来事である。
一の谷の戦いで平家軍が敗走する中での出来事である。
問題6
一の谷の戦いが起こった年は西暦何年か答えなさい。
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1184年
一の谷の戦いは1184年の源平合戦の重要な戦いである。
一の谷の戦いは1184年の源平合戦の重要な戦いである。
問題7
一の谷は現在のどの都市にあたるか答えなさい。
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神戸市
一の谷は摂津国にあり現在の神戸市にあたる。
一の谷は摂津国にあり現在の神戸市にあたる。
問題8
敦盛の遺体の腰に差してあった遺品は何か答えなさい。
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笛
腰に笛が差してあり、敵陣から聞こえた笛の音の主だと気づく。
腰に笛が差してあり、敵陣から聞こえた笛の音の主だと気づく。
問題9
本文で伝えられる敦盛の笛の名を答えなさい。
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小枝(さえだ)
本文では敦盛の持った笛は「小枝」と伝えられる。
本文では敦盛の持った笛は「小枝」と伝えられる。
問題10
熊谷直実は事件の後、どうなったか簡潔に答えなさい。
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出家して僧になった
心を痛めた直実は出家して僧となった。
心を痛めた直実は出家して僧となった。
問題11
出家後に熊谷直実が改めた名(僧名)を答えなさい。
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蓮生(れんしょう)
直実は出家して名を「蓮生」と改めた。
直実は出家して名を「蓮生」と改めた。
問題12
『平家物語』全体を貫く、栄える者も必ず滅びるという思想を漢字四字で答えなさい。
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諸行無常
諸行無常は『平家物語』全体のテーマである。
諸行無常は『平家物語』全体のテーマである。
問題13
敦盛は誰の子か。父の名を答えなさい。
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平経盛
敦盛は平経盛の三男である。
敦盛は平経盛の三男である。
問題14
敦盛は平清盛とどのような関係にあたるか答えなさい。
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清盛の甥
敦盛は清盛の甥にあたる若き貴公子である。
敦盛は清盛の甥にあたる若き貴公子である。
問題15
熊谷直実が仕えていた源氏の棟梁は誰か答えなさい。
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源頼朝
熊谷直実は源頼朝に仕える武将である。
熊谷直実は源頼朝に仕える武将である。
問題16
熊谷直実とともに戦った息子の名を答えなさい。
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小次郎直家
直実は息子・小次郎直家(16歳)と一緒に戦った。
直実は息子・小次郎直家(16歳)と一緒に戦った。
問題17
古語「あつぱれ」の意味を答えなさい。
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見事だ、立派だ
「あつぱれ」は感嘆して立派だと述べる語である。
「あつぱれ」は感嘆して立派だと述べる語である。
問題18
古語「とくとく」の意味を答えなさい。
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早く早く
敦盛が「ただとくとく首を取れ」と急かす場面で使われる。
敦盛が「ただとくとく首を取れ」と急かす場面で使われる。
問題19
古語「薄手」の意味を答えなさい。
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軽い傷(軽傷)
小次郎が「薄手」を負ったとは軽い傷を負ったということである。
小次郎が「薄手」を負ったとは軽い傷を負ったということである。
問題20
古語「心ぐるし」の意味を答えなさい。
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つらい、心が痛む
我が子の軽傷にさえ心が痛むという直実の心情を表す。
我が子の軽傷にさえ心が痛むという直実の心情を表す。
標準(20問)
問題21
古語「御孝養(おんけうやう)」の意味を答えなさい。
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死者を弔うこと、供養
直実が後の供養を申し出る場面で使われる語である。
直実が後の供養を申し出る場面で使われる語である。
問題22
「嘆きたまふ」を現代語訳しなさい。
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お嘆きになる
「たまふ」は尊敬の補助動詞で「お〜になる」と訳す。
「たまふ」は尊敬の補助動詞で「お〜になる」と訳す。
問題23
本文の「討ち奉る」の「奉る」は、誰への敬意を表しているか答えなさい。
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敦盛(討たれる相手)への敬意
「奉る」は謙譲的な働きで動作の対象である敦盛を高める。
「奉る」は謙譲的な働きで動作の対象である敦盛を高める。
問題24
歴史的仮名遣い「たまふ」を現代仮名遣いに直しなさい。
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たまう
語中・語尾のハ行は現代仮名遣いでワ行(う)に直す。
語中・語尾のハ行は現代仮名遣いでワ行(う)に直す。
問題25
歴史的仮名遣い「あはれ」を現代仮名遣いに直しなさい。
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あわれ
語中のハはワに直すので「あはれ」は「あわれ」となる。
語中のハはワに直すので「あはれ」は「あわれ」となる。
問題26
歴史的仮名遣い「けうやう(孝養)」を現代仮名遣いに直しなさい。
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きょうよう
「えう」は「よう」、「やう」も「よう」と読むため「きょうよう」となる。
「えう」は「よう」、「やう」も「よう」と読むため「きょうよう」となる。
問題27
歴史的仮名遣い「もよあらじ(よもあらじ)」の「じ」は何を表す助動詞か答えなさい。
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打消推量(〜ないだろう)
「じ」は打消推量で「まさかあるまい」の意を表す。
「じ」は打消推量で「まさかあるまい」の意を表す。
問題28
「いかに、よき大将軍と見奉る」の「いかに」はここでどのような意味で使われているか答えなさい。
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おい、もし(呼びかけ)
逃げる武者を呼び止める呼びかけの語として使われている。
逃げる武者を呼び止める呼びかけの語として使われている。
問題29
「きたなくも敵に後ろを見せたまふものかな」を現代語訳しなさい。
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卑怯にも敵に背中を見せなさるものだなあ
直実が若武者を挑発して戻らせる場面の発言である。
直実が若武者を挑発して戻らせる場面の発言である。
問題30
直実の挑発に対し、若武者(敦盛)はどう行動したか答えなさい。
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戻ってきた
挑発を受けた敦盛は逃げずに戻ってきた。
挑発を受けた敦盛は逃げずに戻ってきた。
問題31
「あはれ、助け奉らばや」の「ばや」が表す意味を答えなさい。
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願望(〜したい)
「ばや」は話し手の願望を表す終助詞である。
「ばや」は話し手の願望を表す終助詞である。
問題32
直実が敦盛の兜を取った瞬間に心を動かされたのは、敦盛がどのような様子だったからか答えなさい。
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自分の子と同じ年頃の若く美しい少年だったから
息子小次郎と同じ年頃の若武者であったことが心を動かした。
息子小次郎と同じ年頃の若武者であったことが心を動かした。
問題33
敦盛が首を取るよう促した本文の言葉を、現代語訳で簡潔に答えなさい。
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ただ早く早く首を取れ
本文「ただとくとく首を取れ」を訳したものである。
本文「ただとくとく首を取れ」を訳したものである。
問題34
「同じくは、直実が手にかけ参らせて」の「同じくは」はどのような意味か答えなさい。
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どうせ(同じことなら)
どうせ誰かに討たれるのなら、という条件を述べる語である。
どうせ誰かに討たれるのなら、という条件を述べる語である。
問題35
直実が「後の御孝養をこそ仕り候はめ」と言ったのは、敦盛をどうした後のことを指すか答えなさい。
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討ち取った後(の供養)
自分の手で討った後に必ず供養しようという決意である。
自分の手で討った後に必ず供養しようという決意である。
問題36
敦盛が笛を持っていたことから読み取れる人物像を簡潔に答えなさい。
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雅で繊細な貴公子(笛の名手)
戦場でも笛を携える雅な人物であったことを示す。
戦場でも笛を携える雅な人物であったことを示す。
問題37
この場面における「笛」と「戦場」の対比は何を際立たせているか答えなさい。
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戦場の粗野さと貴公子の繊細さの対比
雅な笛と戦のむごさの対比が場面を特別なものにしている。
雅な笛と戦のむごさの対比が場面を特別なものにしている。
問題38
熊谷直実が「武士というのは何と悲しい職業か」と感じた理由を簡潔に答えなさい。
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幼い子と同年の若武者を討たねばならなかったから
人間的な情と武士の義務の葛藤から武士の悲しさを痛感した。
人間的な情と武士の義務の葛藤から武士の悲しさを痛感した。
問題39
世阿弥が作った、敦盛の霊が熊谷と語る能の曲名を答えなさい。
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敦盛
世阿弥作の能「敦盛」は敦盛の霊が現れて語る作品である。
世阿弥作の能「敦盛」は敦盛の霊が現れて語る作品である。
問題40
織田信長が好み桶狭間出陣前に舞ったと伝わる、敦盛を題材とする芸能の種類を答えなさい。
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幸若舞
幸若舞「敦盛」の「人間五十年〜」を信長が好んだと伝わる。
幸若舞「敦盛」の「人間五十年〜」を信長が好んだと伝わる。
応用(10問)
問題41
熊谷直実が敦盛を見逃せなかった具体的な状況を、本文に即して説明しなさい。
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背後から源氏の武者たちが迫っており、見逃しても結局誰かに討たれてしまう状況だったから。
逃がせない状況ゆえ、せめて自分の手で討ち供養しようと決意した。
逃がせない状況ゆえ、せめて自分の手で討ち供養しようと決意した。
問題42
敦盛と熊谷直実の関係を、年齢を踏まえて簡潔に説明しなさい。
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敦盛は十七歳の若き貴公子で、直実は同じ年頃の息子小次郎(16歳)を持つ父であり、だからこそ心を痛めた。
我が子への連想が直実の哀れみとためらいを生んでいる。
我が子への連想が直実の哀れみとためらいを生んでいる。
問題43
直実が泣いた理由を一つに限定せず、本文に即して三つの要素を挙げて説明しなさい。
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若い命へのあわれみ、父親としての我が子への想像、武士として逃がせない状況の三つが重なっている。
これらが重なるからこそ直実の心の揺れが深く描かれる。
これらが重なるからこそ直実の心の揺れが深く描かれる。
問題44
「この人一人討ち奉つたりとも、負くべきいくさに勝つべきやうもなし」という直実の言葉には、どのような心情がこめられているか説明しなさい。
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一人を討っても戦の勝敗には影響しないのだから、できれば助けたいという迷いと哀れみの心情。
討つ意味の薄さを理由に助けたい気持ちを正当化しようとしている。
討つ意味の薄さを理由に助けたい気持ちを正当化しようとしている。
問題45
この場面が『平家物語』全体のテーマと重なる点を、語句を用いて説明しなさい。
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諸行無常と、若い命へのあはれが凝縮され、命の儚さ・戦の悲劇・武士の苦悩が描かれる点。
一場面に作品全体の無常観と人間的葛藤が集約されている。
一場面に作品全体の無常観と人間的葛藤が集約されている。
問題46
直実を「冷酷な勝者」とだけ捉える読み方が誤りである理由を説明しなさい。
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本文には助けたいというためらいや哀れみの叙述があり、それを無視しているから。
勝者の冷酷さだけでは直実の心の葛藤を説明できない。
勝者の冷酷さだけでは直実の心の葛藤を説明できない。
問題47
敦盛を「単なる敗者」とだけ捉える読み方が不十分である理由を説明しなさい。
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若く誇り高い武士としての覚悟や、若さゆえの悲劇性を説明できないから。
敦盛は名乗りや覚悟に武士の誇りを示しており単なる敗者ではない。
敦盛は名乗りや覚悟に武士の誇りを示しており単なる敗者ではない。
問題48
この事件が熊谷直実の生き方に与えた影響を、「発心」という語を用いて説明しなさい。
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この出来事をきっかけに出家への発心が強まり、僧(蓮生)となって敦盛の冥福を祈り続けた。
哀しい体験が出家という人生の転換に結びついている。
哀しい体験が出家という人生の転換に結びついている。
問題49
古文を読む際、本文で省略されがちな要素を補って読むべき理由を、この場面に即して説明しなさい。
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主語が省略されるため、人物関係から誰が誰に言うのかを補わないと発言者や相手を取り違えるから。
敬語と省略を手がかりに発言者と相手を整理する必要がある。
敬語と省略を手がかりに発言者と相手を整理する必要がある。
問題50
この場面で哀れみ(あはれ)が「弱さ」ではないと考えられるのはなぜか、本文の主題と関連づけて説明しなさい。
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哀れみは無常観や人間理解を示す感情であり、戦の非情さの中で人間らしさを浮かび上がらせる重要な感情だから。
あはれと無常観が交差することで作品の主題が深められている。
あはれと無常観が交差することで作品の主題が深められている。
