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歴史は、背景、できごと、社会の変化、後の時代への影響を順に並べると因果関係が見えます。
大化の改新(645年)── クーデターと改革
- 背景:聖徳太子の死後、蘇我氏が政治を独占。蘇我蝦夷(えみし)・入鹿(いるか)親子の権力が強くなりすぎた。
- 事件:645年、中大兄皇子と 中臣鎌足が、宮中の儀式の席で蘇我入鹿を暗殺(乙巳の変・いっしのへん)。父・蝦夷も自害。
- その後:新しい天皇(孝徳天皇)が即位し、改革を断行。「大化」という日本初の元号が使われた。
大化の改新の4本柱
改新の詔(みことのり)の主な内容
①公地公民:豪族の私有地・私有民を廃止し、すべてを国(天皇)のものに。
②国・郡・里の制:地方を国>郡>里に区分し、国司を中央から派遣。
③戸籍と班田収授:人口を把握し、6歳以上の男女に田を分け与える。
④租庸調の税制:田の収穫から税を取り、労役・特産物も納めさせる。
その後の歩み
- 白村江の戦い(663年):百済を助けて新羅・唐と戦い、大敗。日本は朝鮮半島から撤退し、防衛のため内政整備を急ぐ。
- 壬申の乱(672年):天皇位を巡る内戦。中大兄皇子(天智天皇)の死後、息子の大友皇子と弟の 大海人皇子が争い、大海人が勝利。天武天皇として即位。
- 天武・持統天皇:律令制の整備を進める。藤原京を造営(694年)。
大宝律令(701年)── 律令国家の完成
用語
大宝律令(たいほうりつりょう)
701年に 文武天皇のもとで完成した、日本最初の本格的な法典。律(刑法)と 令(行政法)からなる。藤原不比等らが中心となって作成。
律令国家の政治のしくみ
- 天皇:国のトップ。神聖な存在。
- 太政官(だじょうかん):政治の最高機関。太政大臣・左大臣・右大臣・大納言など。
- 八省(はっしょう):太政官の下に、中務省・式部省など8つの省が政治を分担。
- 地方:国>郡>里に区分。国司(中央から派遣)が国を治め、地元豪族から選ばれた 郡司が郡を治める。
班田収授(はんでんしゅうじゅ)の法
班田収授のしくみ
①戸籍を作って人口を把握。
②6歳以上の 男子に2段(約2,400㎡)、女子はその2/3 の 口分田(くぶんでん)を支給。
③本人が死んだら国に返す(収授)。
④6年ごとに戸籍を作り直し、口分田を再分配。
租・庸・調 ── 3つの税
| 税 | 内容 | 納め先 |
|---|---|---|
| 租(そ) | 口分田の収穫の 約3%の稲 | 地方の役所 |
| 庸(よう) | 都での 10日間の労役(または布) | 都 |
| 調(ちょう) | 地方の 特産物(絹・塩・海産物など) | 都 |
その他の負担
- 雑徭(ぞうよう):地方での年間60日以内の労役。
- 兵役:成人男性は防人(さきもり、九州の警備)や衛士(えじ、都の警備)に。
- 農民の負担は重く、逃亡する者も多かった。
律令国家の特徴
- すべては天皇のもの(公地公民)── 豪族の私有地・私有民を否定。
- 中央集権:地方も中央から派遣される国司が治める。
- 戸籍と税制:個人を把握し、公平に税を徴収するしくみ。
- 中国に倣う:唐の制度をモデルにしている。
練習問題
問題1(クーデター)
645年に蘇我入鹿を倒した2人の人物を答えなさい。
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中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と中臣鎌足(なかとみのかまたり)。中大兄皇子はのちの天智天皇。中臣鎌足はのちに「藤原」の姓を授かり、藤原氏の祖となる。
問題2(公地公民)
大化の改新の中心理念「公地公民」とは何か。
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すべての土地と人民は天皇(国家)のものとするという方針。それまで豪族が私有していた土地・民を国に取り上げ、農民には国から口分田を貸し与えるしくみへ転換した。
問題3(大宝律令)
大宝律令はいつ完成したか。「律」と「令」はそれぞれ何のことか。
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完成:701年(文武天皇のもと)
律:刑法 令:行政法
問題4(税)
租・庸・調それぞれの内容を答えなさい。
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租:口分田の収穫の約3%の稲(地方に納める)
庸:都での10日の労役(または布)
調:地方の特産物(絹・塩・海産物など、都に納める)
まとめ
- 645年、中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我氏を倒し、大化の改新が始まる。
- 方針は 公地公民(土地と人民は天皇のもの)。
- 白村江の戦い・壬申の乱を経て、天武・持統天皇のもとで律令制を整備。
- 701年に 大宝律令が完成し、律令国家のしくみが整う。
- 班田収授で口分田を貸し、租・庸・調の税を取った。
- 農民の負担は重く、逃亡者も多かった。