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大化の改新と律令国家 ── 天皇中心の国づくり

645年、若き 中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と 中臣鎌足(なかとみのかまたり)が、宮中で蘇我入鹿(そがのいるか)を 暗殺。これが 大化の改新の幕開けです。豪族が土地と民を私有していた状態から、すべては天皇のものという公地公民へ。701年の大宝律令で完成する 律令国家のしくみを、一段くわしく整理します。

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大化の改新から大宝律令まで ── 56年かけて完成した律令国家 645年 大化の改新 中大兄皇子と中臣鎌足が 蘇我入鹿を暗殺(乙巳の変) 公地公民・初の元号「大化」 672年 壬申の乱 大友皇子と大海人皇子の内戦 勝った大海人皇子が天武天皇に 701年 大宝律令 文武天皇のもとで完成 律=刑法・令=行政法 班田収授・租庸調が整う =律令国家の完成 663年 白村江の戦い 百済救援で唐・新羅に大敗 撤退して国内の整備を急ぐ 694年 藤原京 天武・持統天皇が 律令制を整備、都を造営 改新の詔は「設計図」、大宝律令は「完成した建物」── 間に敗戦と内乱をはさんで56年
645年の大化の改新から701年の大宝律令まで ── 律令国家完成までの56年

大化の改新(645年)と大宝律令(701年)は同じ年の出来事ではなく、間に白村江の戦いと壬申の乱をはさんで56年かかっています。改新の詔が設計図、大宝律令が完成形という関係を年表で押さえてください。

大化の改新(645年)── クーデターと改革

  • 背景:聖徳太子の死後、蘇我氏が政治を独占。蘇我蝦夷(えみし)・入鹿(いるか)親子の権力が強くなりすぎた。
  • 事件:645年、中大兄皇子と 中臣鎌足が、宮中の儀式の席で蘇我入鹿を暗殺(乙巳の変・いっしのへん)。父・蝦夷も自害。
  • その後:新しい天皇(孝徳天皇)が即位し、改革を断行。「大化」という日本初の元号が使われた。

大化の改新の4本柱

改新の詔(みことのり)の主な内容

①公地公民:豪族の私有地・私有民を廃止し、すべてを国(天皇)のものに。

②国・郡・里の制:地方を国>郡>里に区分し、国司を中央から派遣。

③戸籍と班田収授:人口を把握し、6歳以上の男女に田を分け与える。

④租庸調の税制:田の収穫から税を取り、労役・特産物も納めさせる。

その後の歩み

  • 白村江の戦い(663年):百済を助けて新羅・唐と戦い、大敗。日本は朝鮮半島から撤退し、防衛のため内政整備を急ぐ。
  • 壬申の乱(672年):天皇位を巡る内戦。中大兄皇子(天智天皇)の死後、息子の大友皇子と弟の 大海人皇子が争い、大海人が勝利。天武天皇として即位。
  • 天武・持統天皇:律令制の整備を進める。藤原京を造営(694年)。

大宝律令(701年)── 律令国家の完成

用語
大宝律令(たいほうりつりょう)
701年に 文武天皇のもとで完成した、日本最初の本格的な法典。律(刑法)と 令(行政法)からなる。藤原不比等らが中心となって作成。

律令国家の政治のしくみ

  • 天皇:国のトップ。神聖な存在。
  • 二官八省(にかんはっしょう):中央の統治機構は大きく2つの「官」に分かれる。神祇官(じんぎかん)は祭祀(さいし)を担当し、太政官(だじょうかん)は行政を担当した。
  • 太政官(だじょうかん):政治の最高機関。太政大臣・左大臣・右大臣・大納言など。
  • 八省(はっしょう):太政官の下に、中務省・式部省など8つの省が政治を分担。
  • 地方:国>郡>里に区分。国司(中央から派遣)が国を治め、地元豪族から選ばれた 郡司が郡を治める。

班田収授(はんでんしゅうじゅ)の法

班田収授のしくみ

①戸籍を作って人口を把握。

②6歳以上の 男子に2段(約2,400㎡)、女子はその2/3 の 口分田(くぶんでん)を支給。

③本人が死んだら国に返す(収授)。

④6年ごとに戸籍を作り直し、口分田を再分配。

租・庸・調 ── 3つの税

税 内容 納め先
租(そ)口分田の収穫の 約3%の稲地方の役所
庸(よう)都での 10日間の労役(または布)都
調(ちょう)地方の 特産物(絹・塩・海産物など)都
その他の負担
  • 雑徭(ぞうよう):地方での年間60日以内の労役。
  • 兵役:成人男性は防人(さきもり、九州の警備)や衛士(えじ、都の警備)に。
  • 農民の負担は重く、逃亡する者も多かった。

律令国家の特徴

  • すべては天皇のもの(公地公民)── 豪族の私有地・私有民を否定。
  • 中央集権:地方も中央から派遣される国司が治める。
  • 戸籍と税制:個人を把握し、公平に税を徴収するしくみ。
  • 中国に倣う:唐の制度をモデルにしている。

この章でつまずきやすいところ

大化の改新の本文は、人物・できごと・制度が一気に出てきて、読み進める途中で「あれ、これって誰のこと?」「いつの話だっけ?」と止まりがちです。読みながら起こる典型的な迷いを、場面ごとに整理しておきましょう。

中大兄皇子と中臣鎌足のどちらが何をしたか混ざる

  • つまずく場面:本文を読み進めると「中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を暗殺」と並んで出てきて、二人がそれぞれその後どうなったのか追えなくなり、誰が天皇になり誰が藤原氏の祖になったのかで手が止まります。
  • 克服のコツ:時系列で「645年に二人で蘇我氏を倒した→その後それぞれ別の道を進んだ」と分けて読むのがコツです。中大兄皇子はのちの天智天皇になり、中臣鎌足はのちに(亡くなる直前に)藤原姓を授かり藤原氏の祖となったと、別ルートで覚えると混ざりません。
  • ミニ例:「645年・中大兄皇子+中臣鎌足=蘇我入鹿を倒す」までは一緒、そこから先は中大兄皇子→天智天皇、中臣鎌足→(後年)藤原氏と矢印で枝分かれさせて読むと整理しやすいです。

公地公民を「天皇個人のもの」と読み取ってしまう

  • つまずく場面:本文の「すべては天皇のもの」という表現を見て、土地が天皇の私物になったかのように受け取り、後の班田収授で農民に口分田を貸し与える話とつながらず、「結局誰のもの?」と読み進めるうちに迷ってしまいます。
  • 克服のコツ:因果関係で読みます。豪族が土地と民を私有していた状態を否定し、国家の支配下に置くのが公地公民の考え方です。教科書では「天皇個人の私物」ではなく「国家に属する」と整理するので、その上で国が農民に口分田を貸す班田収授につながると押さえます。
  • ミニ例:豪族Aの私有地・私有民→公地公民で国家が把握→戸籍を作り→6歳以上に口分田を貸す、という流れで読むと矛盾なく続きます。

大化の改新と大宝律令を同じ年のできごとと思い込む

  • つまずく場面:本文を読み進めるうちに「645年の大化の改新」と「701年の大宝律令」が近くに書かれていて、改新の詔ですぐに律令国家が完成したように錯覚し、白村江の戦いや壬申の乱がどこに入るのかわからなくなります。
  • 克服のコツ:時系列で並べ直すのがコツです。645年大化の改新(方針提示)→663年白村江の戦い→672年壬申の乱→天武・持統天皇の整備→701年大宝律令で完成、と数十年かけて積み上がったと読むと、本文の出来事が一本につながります。
  • ミニ例:「改新の詔は設計図、大宝律令は完成した建物」と置き換えると、その間に白村江の戦いや壬申の乱が入ることを本文から拾いやすくなります。

租・庸・調の納め先と中身がごちゃまぜになる

  • つまずく場面:練習問題で租・庸・調を答えようとする途中、本文に戻って表を見直しても「庸が労役だっけ特産物だっけ」「調はどこに納めるんだっけ」と止まり、どれが稲でどれが布か自信が持てなくなります。
  • 克服のコツ:見分け方として、租=稲=地方、庸=都での労役(代わりに布を納めることも)=都、調=特産物=都と、税の中身と納め先をセットで覚えます。「租だけ地方、庸・調は都へ納める」と例外を一つに絞ると迷いません。
  • ミニ例:口分田で取れた稲の一部を地方の役所に納めるのが租、都での労役(またはその代わりに布を納める)が庸、地元の特産物(絹・塩・海産物など)を都へ届けるのが調、と動きで思い出すと整理できます。

練習問題

問題1(クーデター)
645年に蘇我入鹿を倒した2人の人物を答えなさい。
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中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と中臣鎌足(なかとみのかまたり)。中大兄皇子はのちの天智天皇。中臣鎌足はのちに「藤原」の姓を授かり、藤原氏の祖となる。

問題2(公地公民)
大化の改新の中心理念「公地公民」とは何か。
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すべての土地と人民は天皇(国家)のものとするという方針。それまで豪族が私有していた土地・民を国に取り上げ、農民には国から口分田を貸し与えるしくみへ転換した。

問題3(大宝律令)
大宝律令はいつ完成したか。「律」と「令」はそれぞれ何のことか。
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完成:701年(文武天皇のもと)

律:刑法 令:行政法

問題4(税)
租・庸・調それぞれの内容を答えなさい。
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租:口分田の収穫の約3%の稲(地方に納める)

庸:都での10日の労役(または布)

調:地方の特産物(絹・塩・海産物など、都に納める)

まとめ

  • 645年、中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我氏を倒し、大化の改新が始まる。
  • 方針は 公地公民(土地と人民は天皇のもの)。
  • 白村江の戦い・壬申の乱を経て、天武・持統天皇のもとで律令制を整備。
  • 701年に 大宝律令が完成し、律令国家のしくみが整う。
  • 班田収授で口分田を貸し、租・庸・調の税を取った。
  • 農民の負担は重く、逃亡者も多かった。

もっと知る ── 発展・実生活(出典つき)

※ 教科書の内容に、信頼できる出典をもとにした発展・実生活・時事の話題を補足しています(教科書そのものではありません)。

「飛鳥・藤原の宮都」が世界遺産へ勧告時事

2026年、藤原宮跡や飛鳥の遺跡群「飛鳥・藤原の宮都」を世界文化遺産に登録するよう、ユネスコの諮問機関ICOMOS(イコモス)が勧告しました。古代日本で中央集権の体制が成立し、律令国家へ発展した過程を示す貴重な証拠として評価されています。2026年7月に韓国・釜山で開かれる世界遺産委員会で正式登録される見込みです。

出典:文化庁(世界遺産に推薦中の『飛鳥・藤原の宮都』に係るイコモスによる評価結果及び勧告について)

藤原京から出た木簡が歴史を語る発展

藤原京の跡からは、これまでに千点以上の木簡(文字を書いた木の札)が見つかっています。奈良文化財研究所はこれらを調べ、大宝律令(701年)が完成して政治のしくみが整っていく当時の役所のようすを明らかにしています。教科書の制度が、実物の資料からも裏づけられているのです。

出典:奈良文化財研究所(藤原宮跡資料室)

「郡」か「評」か ── 木簡が決めた論争発展

改新の詔には地方を「国・郡・里」に分けたと書かれていますが、戦後の研究で、大宝律令より前は「郡」ではなく「評(こおり)」と書かれていたのではないかと論争になりました。藤原京から「評」と記された木簡が見つかったことで、改新の詔の文章は後の奈良時代に書きかえられたことが明らかになりました。

出典:コトバンク(郡評論争/日本大百科全書ほか)

「大化」から続く元号 ── 令和まで発展

大化の改新のときに使われた「大化」は、日本で最初の元号といわれます。元号で年を表すしくみはここから始まり、現在の「令和」まで受けつがれています。令和は2019年5月1日から使われ、出典は日本最古の歌集『万葉集』です。

出典:内閣府(元号について)

和同開珎より古い「富本銭」発展

教科書では708年の和同開珎が有名ですが、それより前、7世紀後半の天武天皇のころに「富本銭(ふほんせん)」という銭がつくられました。飛鳥(あすか)の飛鳥池工房遺跡からは鋳造の跡が見つかり、日本最古の鋳造貨幣と考えられています(和同開珎は最古の「流通」貨幣)。

出典:文化遺産オンライン(文化庁)/奈良県飛鳥池遺跡出土品