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鎌倉幕府 ── 御恩と奉公の世

1185年、平氏を滅ぼした 源頼朝は、京都ではなく鎌倉に拠点を置き、武家による政治のしくみを作ります。これが 鎌倉幕府。日本初の武家政権で、御恩と奉公という主従関係に支えられました。今回は鎌倉幕府の成立、北条氏の執権政治、承久の乱まで一段くわしく整理します。

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鎌倉幕府 ── 御恩と奉公の世の流れ 背景 できごと 変化 影響 歴史は、背景、できごと、社会の変化、後の時代への影響を順 に並べると因果関係が見えます。
鎌倉幕府 ── 御恩と奉公の世の流れ

歴史は、背景、できごと、社会の変化、後の時代への影響を順に並べると因果関係が見えます。

源頼朝による鎌倉幕府の創設

  • 1180年:源頼朝が伊豆で挙兵。鎌倉を本拠地に。
  • 1185年:平氏滅亡(壇ノ浦)。頼朝は守護・地頭の設置を朝廷から認められる。
  • 1192年:頼朝が 征夷大将軍に任命される(「いいくに(1192)作ろう鎌倉幕府」)。
  • 近年は「1185年が幕府成立」とする説も有力(守護・地頭の設置で実質的な統治を開始した年)。

なぜ鎌倉か

鎌倉が選ばれた理由

東国(関東)は源氏の本拠地。武士の力が強い。

三方を山に囲まれ、南は海。天然の要害

京都の朝廷・貴族から距離を置くことで、独立した武家政権を作れる。

幕府のしくみ

  • 将軍:幕府のトップ。源氏3代(頼朝・頼家・実朝)のあとは絶える。
  • 執権(しっけん):将軍の補佐役。実質的なトップ。北条氏が代々務める。
  • 侍所(さむらいどころ):御家人(武士)の統制。軍事・警察。
  • 政所(まんどころ):政治・財政。
  • 問注所(もんちゅうじょ):裁判。

守護・地頭 ── 全国を支配するしくみ

用語
守護・地頭
  • 守護(しゅご)国ごとに1人。御家人の統率・軍事・警察。
  • 地頭(じとう)荘園や公領ごとに1人。年貢の徴収・治安維持。
両方とも将軍が任命。これにより武家政権は全国に支配権を広げた。

御恩と奉公 ── 武士の主従関係

用語
御恩(ごおん)と奉公(ほうこう)
武士社会の根本的な主従関係。
  • 御恩:将軍が御家人に 土地(領地)を与えたり、保証したりする
  • 奉公:御家人は将軍に 戦いのときに命をかけて働き、平時は警備をする。
土地を媒介とした「ギブ・アンド・テイク」が武士社会の基本。

北条氏の執権政治

源氏3代(頼朝・頼家・実朝)のあと、将軍は途絶えます。代わりに 頼朝の妻・北条政子の実家である北条氏が実権を握り、執権として政治を行いました。これを 執権政治といいます。

  • 北条時政:初代執権。
  • 北条義時:承久の乱を勝利に導く。
  • 北条泰時:御成敗式目を定める。
  • 北条時宗:元寇に対応(次の単元)。

承久の乱(1221年)

承久の乱

主導後鳥羽上皇が、幕府を倒そうとして挙兵。

幕府側北条政子が御家人を集めて演説。「頼朝公の御恩を忘れるな」と団結を訴える。

結果幕府の圧勝。後鳥羽上皇は 隠岐に流される

影響京都に 六波羅探題(ろくはらたんだい)を設置し、朝廷を監視。武家政権が朝廷より上に立った。

御成敗式目(1232年)

用語
御成敗式目(ごせいばいしきもく)
1232年、北条泰時が制定した 武士のための法律。全51か条。「武士の社会ルール」を明文化した最初の本格的な法典。
  • 朝廷の 律令は貴族中心で、武士には合わなかった。
  • 御成敗式目は 武士の慣習を法律にしたもの。
  • 道理(どうり)」を基準にした分かりやすい内容。
  • 後の 戦国時代の分国法・江戸時代の武家諸法度のモデルにもなる。

鎌倉時代の文化

  • 鎌倉新仏教:武士・庶民の救済をめざす、新しい仏教各派が誕生。
    • 浄土宗(法然)/浄土真宗(親鸞)/時宗(一遍):念仏を唱える。
    • 日蓮宗(日蓮):「南無妙法蓮華経」と題目を唱える。
    • 臨済宗(栄西)/曹洞宗(道元):座禅を組む禅宗。武士に好まれた。
  • 文学:『平家物語』(琵琶法師が語る軍記物語)/『方丈記』(鴨長明、随筆)/『新古今和歌集』。
  • 美術:東大寺南大門の 金剛力士像(運慶・快慶)。力強い武士的な作風。

練習問題

問題1(征夷大将軍)
源頼朝が征夷大将軍に任命されたのは何年か。なぜ鎌倉を本拠地にしたか。
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年:1192年(「いいくに作ろう鎌倉幕府」)

鎌倉を選んだ理由:源氏の本拠地である東国にあり、三方を山に囲まれた天然の要害だったから。京都の朝廷から距離を置きやすい。

問題2(守護・地頭)
守護と地頭の違いを答えなさい。
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守護:国ごとに置かれ、御家人の統率・軍事・警察を担当。

地頭:荘園や公領ごとに置かれ、年貢の徴収・治安維持を担当。

問題3(御恩と奉公)
「御恩と奉公」とは何か。それぞれの内容を答えなさい。
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御恩:将軍が御家人に土地を与え、所有を保証する。

奉公:御家人は将軍に対し、戦いでの軍役・平時の警備を行う。

これが鎌倉武士社会の基本的な主従関係。

問題4(承久の乱)
1221年の承久の乱で挙兵した上皇は誰か。乱後に京都に設置された機関は?
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上皇:後鳥羽上皇(敗北後、隠岐に流された)

機関:六波羅探題(朝廷を監視する役所)

まとめ

  • 源頼朝が1192年に 征夷大将軍に任命され、鎌倉幕府を開く(実質1185年〜)。
  • 幕府は 守護(国ごと)・地頭(荘園ごと)を全国に置いて支配。
  • 武士社会の根本は 御恩と奉公(土地を媒介とした主従関係)。
  • 源氏3代で将軍は途絶え、北条氏執権として実権を握る(執権政治)。
  • 1221年の 承久の乱で幕府が朝廷に圧勝。六波羅探題で朝廷を監視。
  • 1232年、北条泰時御成敗式目を制定。武士の慣習を初めて法律に。