ベルサイユ体制と国際協調 を解く・整理する5ステップ
各ステップをクリックすると詳しい説明と例が開きます。
ステップ 1:ヨーロッパ担当とアジア・太平洋担当で地域を分ける
戦後処理は1つではなく、ヨーロッパを担当するベルサイユ体制と、アジア・太平洋を担当するワシントン体制の2本柱です。まず「ヨーロッパはベルサイユ、アジアはワシントン」と地域で分けて整理すると、そのあとの条約名や内容が混ざらなくなります。
ステップ 2:ベルサイユ条約の内容を3点で覚える
1919年のベルサイユ条約は、ドイツに対して①巨額の賠償金②すべての海外植民地の放棄③陸軍・海軍の軍備制限、の3点を課しました。この過酷な内容への不満が、のちにナチスが支持を広げる土壌の一つになったこともセットで覚えます。
ステップ 3:国際連盟の3つの弱点をセットで覚える
1920年発足の国際連盟は、①提唱国アメリカが議会上院の反対で不参加②決議に全会一致が必要③違反国への武力制裁の手段を持たない、という3つの弱点を最初から抱えていました。日本は常任理事国、新渡戸稲造が事務次長という地位も合わせて覚えます。
ステップ 4:ワシントン会議の3条約を軸ごとに整理する
1921〜22年のワシントン会議では、海軍軍縮条約(主力艦保有比 米5:英5:日3)、四か国条約(太平洋諸島の権利尊重、締結と同時に日英同盟が廃棄)、九か国条約(中国の主権尊重・領土保全、門戸開放)という3つの条約が結ばれました。「軍縮」「同盟の終わり」「中国の主権尊重」という役割で1つずつ区別します。なお山東省の旧ドイツ権益の中国への返還は、この会議にあわせて結ばれた日中間の「山東懸案解決に関する条約」による別枠の取り決めです。
ステップ 5:山東省問題を「継承→返還」の一本の流れでつなぐ
山東省の旧ドイツ権益は、まずベルサイユ条約で日本に継承されることが決まり、中国の反発(五・四運動につながる)を招きました。その後、ワシントン会議にあわせて結ばれた日中間の山東懸案解決に関する条約で、その権益は中国に返還されることになります(会議全体では九か国条約が中国の主権尊重・領土保全を確認し、この流れを後押ししました)。「継承(ベルサイユ)→返還(ワシントン会議)」という一本の流れで書くと、両体制のつながりを示す記述問題に強くなります。
これだけは覚える
「ヨーロッパ=ベルサイユ、アジア太平洋=ワシントン」の地域分けで整理。国際連盟の3弱点、ワシントン会議の3条約は数字(3・3)で束ねて覚えます。
よくあるつまずき
国際連盟と国際連合を同じ組織だと思い込む、ベルサイユ条約とワシントン会議の担当地域を混同する、日英同盟がいつ消えたかを取り違える、の3つが頻出ミス。日英同盟は1921年の四か国条約締結時に廃棄された点に注意しましょう。
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出典・最終更新
- 出典基盤:教科書(社会)の核となる手順と概念データに基づく整理。
- 編集方針:教科書頻出の解き方・コツを、段階的なステップに分け、つまずきポイントと核となるルールを併記しています。
- 最終更新:2026-08-14
