この章で間違えやすい 3 パターン
誤答パターン 1
- ❌ よくある誤答:徳川家康が征夷大将軍になり江戸幕府を開いたのは1600年だと答える
- 💡 ここがちがう:1600年は関ヶ原の戦いが起こった年で、家康の覇権がほぼ決まった年。家康が実際に征夷大将軍になったのはその3年後の1603年。戦いの年と開府の年を混同しやすい。
- ✅ 正しい理解:江戸幕府は、関ヶ原の戦いで勝利した徳川家康が1603年に征夷大将軍となり、江戸に開いた武家政権である。
誤答パターン 2
- ❌ よくある誤答:幕藩体制は幕府が全国の土地をすべて直接支配した中央集権のしくみだと答える
- 💡 ここがちがう:幕府が直接支配したのは天領で全国の約4分の1だけ。残りは約260の藩の大名が治めていたので、すべてを幕府が直接支配したわけではない。
- ✅ 正しい理解:幕藩体制は、幕府が重要地(天領)を直接支配し、残りは大名が藩として治めることで、幕府と藩が役割を分けて全国を支配したしくみである。
誤答パターン 3
- ❌ よくある誤答:外様大名は領地が小さくて弱い大名だったから江戸から遠くに置かれたと答える
- 💡 ここがちがう:外様には島津・毛利・前田のように強大な大名も多かった。弱いから遠ざけたのではなく、信頼が薄く反乱の危険があると見なされたから遠くに配置した。
- ✅ 正しい理解:外様は関ヶ原の戦いの後に徳川に従った大名で、昔からの家臣ではなく反乱の危険があると見なされたため、江戸から遠くに置いて簡単に攻めて来られないようにした。
なぜ間違えやすいのか
用語を単独で暗記し、背景・できごと・変化・影響の因果関係で整理できていない。
自分でチェック ── 診断問い
この章の核を1問で確認
Q. 江戸幕府の成立は、何が背景で、何が結果・影響にあたる?
やってみよう:江戸幕府の成立について、背景・できごと・結果をそれぞれ一文で説明しよう。
つまずいたらここに戻ろう
この章で詰まったら、次の前提知識に戻ると整理しやすくなります。
- 前の時代の政治
- 年表と時代区分
- 外交関係
- 戦国時代
もっとくわしく
出典・最終更新
- 出典基盤:教科書準拠の誤答診断データ(中1社会)
- 編集方針:教科書の核となる事実を起こりやすい誤答から逆引きで整理し、戻り先と診断問いをセットで提示しています。
- 最終更新:2026-06-26
