鎌倉幕府 を解く・整理する5ステップ
各ステップをクリックすると詳しい説明と例が開きます。
ステップ 1:ステップ1: 成立の流れを年号で並べる
鎌倉幕府の成立は 1185年(守護・地頭の設置)と 1192年(源頼朝が征夷大将軍に任命)の2つの年号を押さえます。実質的支配の開始と正式な任命を区別して覚えると、どちらの説で問われても対応できます。
答:1192年(「いいくに作ろう鎌倉幕府」)。守護・地頭の設置は1185年。
ステップ 2:ステップ2: 守護と地頭の違いを表で覚える
守護は国ごとに1人で、御家人の統率と軍事・警察を担当。地頭は荘園や公領ごとに置かれ、年貢の徴収と治安維持を担当します。「単位(国/荘園)」と「仕事(軍事/年貢)」を対にして整理しましょう。
答:守護は国ごとに置かれ軍事・警察、地頭は荘園ごとに置かれ年貢徴収を担当。
ステップ 3:ステップ3: 御恩と奉公を「土地のギブ&テイク」で理解する
御恩=将軍が御家人に土地を与え・保証する。奉公=御家人が戦いのとき軍役、平時は警備で将軍に仕える。土地を介した主従関係であることをセットで覚えると、元寇で関係がゆらぐ理由(恩賞の土地が少ない)も説明できます。
答:将軍が御家人の土地を保証し(御恩)、御家人は戦いと警備で仕える(奉公)。
ステップ 4:ステップ4: 執権政治の人物と政策を結びつける
源氏将軍は3代(頼朝・頼家・実朝)で途絶え、北条氏が執権として実権を握ります。時政→義時→泰時→時宗の順で、誰が何をしたか(承久の乱、御成敗式目、元寇)を結びつけて覚えます。
答:北条泰時(1232年、全51か条、武士の慣習を法律化)。
ステップ 5:ステップ5: 承久の乱の原因・結果・影響をセットで整理する
1221年、後鳥羽上皇が幕府打倒のため挙兵 → 北条政子が御家人を団結させ幕府が圧勝 → 上皇は隠岐に流され、京都に六波羅探題を設置。これで武家政権が朝廷より上に立ったことを必ず影響として書きます。
答:後鳥羽上皇/六波羅探題。
これだけは覚える
1185年(守護・地頭)/1192年(征夷大将軍)/1221年(承久の乱)/1232年(御成敗式目)の4つの年号と、御恩と奉公=土地を介した主従関係。北条氏=執権、六波羅探題=朝廷監視をセットで覚える。
よくあるつまずき
1192年だけを成立年と覚えてしまう/御家人=すべての武士と勘違いする(正しくは将軍と主従関係を結んだ武士)/鎌倉幕府が朝廷をすぐ消したと誤解する(実際は並立しつつ次第に優位に立った)点に注意。
関連
出典・最終更新
- 出典基盤:教科書(社会)の核となる手順と概念データに基づく整理。
- 編集方針:教科書頻出の解き方・コツを、段階的なステップに分け、つまずきポイントと核となるルールを併記しています。
- 最終更新:2026-06-27
