室町時代の主なできごと(建武の新政〜幕府滅亡)
| 年 | できごと | ポイント |
|---|---|---|
| 1331年 | 後醍醐(ごだいご)天皇が挙兵するが失敗 | 隠岐(おき)に流される。翌年脱出し再挙兵 |
| 1333年 | 鎌倉幕府滅亡 | 足利尊氏が六波羅探題を、新田義貞が鎌倉を攻略 |
| 1333年〜 | 後醍醐天皇の建武の新政 | 天皇中心の親政。2年余りで破綻 |
| 1336年 | 足利尊氏が建武式目を制定、京都に幕府 | 後醍醐天皇は吉野へ。南北朝の動乱が始まる |
| 1338年 | 尊氏が征夷大将軍に任命される | 室町幕府の始まり。御所は京都・室町 |
| この頃〜 | 管領(かんれい)の制がととのう | 将軍の補佐役を細川・斯波・畠山の3氏が交代で務める(三管領) |
| 1392年 | 3代義満が南北朝を合一 | 南朝が北朝に吸収される形で統一 |
| 1397年 | 義満が京都北山に金閣を建立 | 北山文化の代表 |
| 1404年 | 明と勘合貿易(日明貿易)を開始 | 勘合という証票で倭寇(わこう)と区別 |
| この頃〜 | 惣村(そうそん)の自治が広がる | 村人が寄合(集会)で議決し、村を自治で運営 |
| 1428年 | 正長の土一揆 | 農民・馬借(ばしゃく)が徳政令などを要求 |
| 1467〜1477年 | 応仁の乱 | 8代義政の後継争い。細川勝元(東軍)×山名宗全(西軍) |
| 1488年 | 加賀の一向一揆 | 浄土真宗の信徒らが守護を倒し、約100年間自治を行う |
| 1573年 | 室町幕府の滅亡 | 室町時代(1336〜1573年)が終わり、戦国の世へ |
北山文化と東山文化の比較
| 文化 | 時期・将軍 | 場所 | 代表 |
|---|---|---|---|
| 北山文化 | 14世紀末・足利義満 | 京都北山 | 金閣、能楽(観阿弥・世阿弥) |
| 東山文化 | 15世紀後半・足利義政 | 京都東山 | 銀閣、書院造、茶の湯、水墨画(雪舟) |
勘合貿易のしくみ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 開始 | 1404年、足利義満が明と開始 |
| 背景 | 明が海賊「倭寇」に困っていた |
| 勘合 | 正規の貿易船に持たせた証票。ある船だけ取引可 |
| 輸入品 | 明銭(銅銭)・絹・陶磁器・書籍 |
| 輸出品 | 銅・硫黄(いおう)・刀剣・扇 |
覚え方・ポイント
- 建武の新政が2年余りで失敗した理由は3つ。①武士への恩賞が公家に偏り不公平だった、②政策がころころ変わった(朝令暮改)、③武士が武家政権の復活を望んでいた。理由を問う記述問題でよく出る。
- 足利義満の三大業績は年号とセットで覚える。1392年の南北朝合一、1397年の金閣建立、1404年の勘合貿易開始。義満は太政大臣にもなり、武家と公家の頂点に立って室町幕府の最盛期を作った。
- 応仁の乱(1467〜1477年)は8代将軍足利義政の後継争いがきっかけ。11年間の戦いで京都は焼け野原になり、幕府の権威が失墜して守護大名や地侍が争う下克上の戦国時代につながった。
- 勘合貿易は自由な貿易ではなく、勘合という証明書で正式な船を倭寇と区別する管理貿易だった点に注意。「なぜ勘合が必要だったか」を問われたら、倭寇との区別と答える。
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出典・最終更新
- 出典基盤:教科書(中学社会)の核となる事実を、資料・年表として整理。
- 最終更新:2026-07-07
