ヨーロッパ人の来航と南蛮貿易
| 年・項目 | できごと | ポイント |
|---|---|---|
| 1543年 | 鉄砲伝来 | 種子島(たねがしま)に漂着したポルトガル人が伝える。領主が2丁を購入し家臣に研究させた |
| 鉄砲の国産化 | 堺(さかい)・国友(くにとも)で大量生産 | 堺は大阪、国友は滋賀。戦い方が個人の武勇から集団の鉄砲戦へ |
| 1549年 | キリスト教伝来 | イエズス会のフランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸 |
| キリシタン大名 | 大友宗麟・有馬晴信・大村純忠 | 九州・西国で信者が増える |
| 南蛮人 | ポルトガル人・スペイン人 | 日本人が彼らをそう呼んだ。長崎・平戸・府内などが貿易港に |
| 南蛮貿易の輸入品 | 鉄砲・火薬・絹織物・ガラス・たばこ・パン | 西洋の品物や技術が伝わる |
| 南蛮貿易の輸出品 | 銀・刀剣 | 石見銀山などの銀が主な輸出品 |
| 南蛮起源の言葉 | パン・ボタン・タバコ・カステラ・カッパ | 日本語に入った外来語として残る |
| 1582年 | 天正遣欧少年使節 | 4人の少年がローマ教皇のもとへ派遣される |
織田信長の統一事業
| 年 | できごと | ポイント |
|---|---|---|
| 1560年 | 桶狭間(おけはざま)の戦い | 尾張の信長が今川義元を破り、全国に名を知られる |
| 1567年 | 加納(岐阜)で楽市令 | 信長最初の楽市令。安土はその発展形 |
| 1568年 | 信長が京都に上洛 | 足利義昭を担いで15代将軍にする |
| 1571年 | 比叡山延暦寺の焼き討ち | 武装した仏教勢力を屈服させ、宗教の権威を世俗権力の下に置く |
| 1573年 | 室町幕府の滅亡 | 対立した将軍足利義昭を京都から追放 |
| 1575年 | 長篠(ながしの)の戦い | 織田・徳川連合軍が鉄砲を有効に使い、甲斐の武田勝頼を破る |
| 1577年 | 安土で楽市令 | 座の廃止・税の免除で城下町に経済を集中 |
| 関所の廃止 | 街道の関所を廃止・縮小 | 通行料をなくし、物や商人の往来を活発にする |
| 1582年 | 本能寺の変 | 家臣の明智光秀(あけちみつひで)に襲われ信長が自害。統一目前の死 |
豊臣秀吉の全国統一と政策
| 年 | できごと | ポイント |
|---|---|---|
| 1582年 | 山崎の戦い | 秀吉が明智光秀(あけちみつひで)を破り、信長の後継者争いに勝ち抜く |
| 関白に就任 | 天皇から関白に任命される | 武士の上にある朝廷の最高位。大名に停戦を命令する権限を得る |
| 大阪城の築城 | 大阪城を築いて本拠地とする | 全国統一事業の拠点になる |
| 1587年 | 九州の島津氏を降伏させる | 関白の権限で大名に停戦を命令できた |
| 1587年 | バテレン追放令 | 宣教師の追放を命令。南蛮貿易は禁止せず不徹底 |
| 1588年 | 刀狩令 | 百姓から武器を取り上げる。太閤検地とセットで兵農分離へ |
| 太閤検地 | 全国の田畑を統一基準で測り直す | ます・ものさしを統一し、石高制を確立。耕作者を検地帳に登録 |
| 1590年 | 全国統一の完成 | 関東の北条氏を滅ぼし、東北の大名も降伏 |
| 1592年 | 文禄の役 | 1度目の朝鮮出兵。明の征服を目指す |
| 1597年 | 慶長の役 | 2度目の朝鮮出兵。明の援軍と李舜臣(りしゅんしん)の水軍に苦戦 |
| 1598年 | 秀吉の病死・朝鮮から撤兵 | 朝鮮侵略の失敗は豊臣氏没落の一因に |
覚え方・ポイント
- 信長は「古い秩序をこわす」役(座・関所・室町幕府の廃止)、秀吉は「新しい仕組みをつくる」役(検地・刀狩・石高制)。2人で1セットと覚えると流れが見える。
- 信長の流れは「桶狭間(1560)→幕府滅亡(1573)→長篠(1575)→本能寺(1582)」の順。並べかえ問題の定番なので順番ごと覚えよう。
- 太閤検地はます・ものさしを統一して田畑を石高で表し、耕作者を検地帳に登録した政策。刀狩と組み合わさって兵農分離が進み、江戸時代の身分制度の出発点になった。
- 安土桃山時代の名は、信長の安土城(滋賀県)と秀吉の伏見城があった桃山(京都市)に由来。室町幕府滅亡(1573年)から江戸幕府成立(1603年)までの約30年間。
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出典・最終更新
- 出典基盤:教科書(中学社会)の核となる事実を、資料・年表として整理。
- 最終更新:2026-07-07
